【コラム】デザイナーはテクノロジーとどう向き合うのか?ファッションテックから紡ぐ新たなデザイン史
2019年2月19日、ファッション界の皇帝と言われたデザイナー、Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)の他界が報じられた。
複数のブランドを手がけ、精力的にコレクションを発表し続けていた彼だが、特にCHANELという伝統的なメゾンを率いるなかでも最新のテクノロジーに対する敏感な視点を提示し、彼流のエレガントを更新し続けていた。
ファッションテックと呼ばれる領域では、機能性を追求するマス向けのプロダクトや店舗やECでの小売サービスのアップデートが中心的な話題だろう。
その一方で、ファッションデザイナーのコレクション上でのテクノロジーの活用は、こういった一般消費者に身近な“ファッション”とは断絶があるのではないだろうか。
今回はあえて、ファッションデザイナーたちの新たなテクノロジーとの向き合い方として印象的な事例を取り上げてみたい。
デザイナーたちはテクノロジーとの対峙をどのような課題として設定し、どのように語り、どう位置づけられてきたかーーそして、それは私たちの身近な“ファッション”とどう関わるのか。そういったことを考えてみたいと思う。
機械の“冷たさ”を超える
ファッションデザイナーたちのテクノロジーへの態度はさまざまだ。
以前も紹介したニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)の2016年企画展“手仕事×機械:テクノロジー時代のファッション”の図録には、有名デザイナーたちのテクノロジー観を探索するインタビュー集が収録されている [1]。
そのなかで、例えばイタリア人デザイナーのPierpaolo Piccioli(ピエールパウロ・ピッチョーリ)は、機械による制作を「極めて非人格的で、非人情的という印象を与えうる、ある種の単調さと冷淡さという2つの側面がある[2]」と述べている。新たな技術が創作活動の可能性を広げることは、どのデザイナーも認めるところだ。
一方で、このように機械技術を職人の手仕事による伝統芸と対峙させる考えも根強い。
そのなかでも、手仕事と機械生産を架橋する試みもなされている。
LagerfeldによるCHANEL2014-15AWオートクチュールコレクションのウェディングドレスは、先のMETの展覧会の構想を導いた象徴的な作品だ。手描きのスケッチをコンピューターで操作を施し、“バロック”模様としてぼかしてランダムに出現させた装飾が施してあるのだが、これは最初は金色のメタリックな絵の具によるハンドペイントで、そして機械がラインストーンをプリントし、そして最後に手仕事でパールやストーンの刺繍がなされた。
まさに手仕事とテクノロジーのコラボレーションの実現だ。
衣服の装飾は刺繍や染色など伝統的な手工芸の価値が高く、どうしても人間と機械の対立構図として描かれがちになる。なので両者を架橋するデザイナーの試みは、ファッションにおけるテクノロジー観の根源的な基盤をつくる。商品と芸術という側面が並存するファッションにおいては、それは機能性の追求だけではないテクノロジーとの関係性を示すことだろう。
Lagerfeldはさらに「Intimete technology(親密な技術)」と題したCHANEL2017SSプレタポルテコレクションで、巨大なデータセンターのような会場でロボットフェイスのモデル、ケーブルを模したツイード、光のスペクトルのようなプリントなど、未来的な世界観を提示した。
そして「技術は冷たいものではなく親密なもの。好き嫌いにかかわらず、技術は世界を支配し、さまざまなことを簡単にしている[3]」とコメントしている。
コレクション自体は最新のテクノロジーの導入というよりは装飾のモティーフとしたものであるが、ファッションにおける伝統的なテクノロジー観を更新していこうとする力強いメッセージである。
“衣服”の枠組みを超える
また、新たなテクノロジーを作品の装飾性の部分に適用するのではなく、衣服という枠組みそのものや、造形方法の更新に挑むために用いるという方向性もある。
例えばHussein Chalayan(フセイン・チャラヤン)は芸術や建築といった他の枠組みを横断しながらテクノロジーを活用し、絶えず“ファッション”の境界を推し広げることを試みている。
また特に日本人デザイナーは、西洋の衣服という枠組みを脱構築するために、積極的にテクノロジーを活用してきた。
その先駆けとなる存在が、三宅一生だろう。服の形に縫製してからプリーツ加工をして、形態や動作を容易にしたPLEATS PLEASE(プリーツプリーズ)や、デジタル技術を活用して一本の糸から縫い目なく一体成型するA-POC(エイ・ポック)など、伝統的な衣服のありかたに挑む作品を生み出しつづけてきた。
それは次の世代の日本人デザイナーたちにも受け継がれている。
「身体における衣服の可能性」を追求するSOMARTAによる、360度継ぎ目なく設計して高密度に編むシームレス製法によって実現した無縫製ニットは、既に私たちの日常着でも展開が進められているホールガーメントの技術の進展を考えるうえでも重要な存在である。
SOMARTAの廣川玉枝は、作品ではなく商品をつくるという意識から、耐久性などの細かい点を追求することを意識し、「技術を伸ばすためには、小さくても誰かがそれを使って更新していかないと発展しないな、と。それを続けていくと次第にそれが普遍的なものになっていくし、もっともっとデザインができる人が増えていくかもしれない[4]」と述べている。
デザイナーたちのコレクション制作は、テクノロジーをどのように“ファッション”にインストールするか、その手引きを示す。
SOMARTAのようにひとつの技術と向き合いつづける場合もあれば、ANREALAGEのようにシーズンごとに多様な技術を活用する場合もある。ANREALAGEはフォトクロミック(紫外線による色の変化)、ブリスターパック(薬の包装などに用いるプラスチックなどを吸引して成形する方法)など従来、ファッションの制作では一般的ではない技術の導入に積極的である。デザイナーの森永邦彦は、「ファッションじゃないものをファッションに落とし込むにはすごく努力がいる[5]」と述べ、ファッションに結びつけるテクノロジーの幅を広げつづけている。
“新鮮さ”から日常へ
このようにファッションデザイナーたちは、新しい“美しさ”を提示すると同時に、“衣服”という枠組みに挑みつづけている。それは単に目新しさの追求ではなく、今日の“ファッション”を更新し、未来の“ファッション”のあり方を提示なのだ。それゆえ、“新しい”テクノロジーの導入は同時に、新しさをスタンダードにしていく思想でもある。
テクノロジーの進化が目覚しい今日、それはハイファッションのなかだけで起きていることではなく、わたしたちの日常着にまで届くのに、それほど長くはかからないのかもしれない。
Text: Yoko Fujishima
[1]Andrew Bolton, Manus x Machina: Fashion in an Age of Technology, 2016, New York: Metropolitan Museum of Art.
[2]上掲書, 付録, p.vii.
[3]次の記事の中で引用。ITmedia「ねっと部:シャネルのファッションショー会場がデータセンターに なぜ?」
[4]六本木未来会議「90 脇田玲(アーティスト&サイエンティスト)×廣川玉枝(ファッションデザイナー)前編」
[5]FASHIONSNAP.COM「「アンリアレイジ」デザイナー森永邦彦 テクノロジーとファッションの関係語る」
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