見出し画像

【特集・コラム】今あらためて考える、ファッション業界におけるバーチャル空間利用(awai)

awai /  Augmented Fashion Designer
文化ファッション大学院大学/ここのがっこうを卒業後、awaiとしてファッションブランドのサポート事業を開始。現在は、Psychic VR Labに所属しSTYLYのUI/UXデザインを担当。また個人として xR × Fashionの領域で活動しており、Vtuberのアパレルデザイン、バーチャルランウェイコンテンツの制作やTokyo Fashion technology LabにてVRコースの講師を務める。
Link: Twitter / note

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、東京コレクションや展示会の縮小や中止となり、実店舗は休業を強いられています。このような状況からファッション業界において、バーチャル空間が再注目されつつあるように感じています。そこで今回はファッション業界におけるバーチャル空間利用について、現状の整理や導入ハードルなどについて考えていきたいと思います。

まずは、ファッションをバーチャル化するにあたり「なにを」「どうやって」「どこに」バーチャル化していくのかを整理して、確認してみたいと思います。

「なにを」バーチャル化するのか

画像1

BALMUNGによる「未来解放区万博」@伊勢丹新宿本館2F TOKYO解放区Image Credit : BALMUNG

「なにを」バーチャル化するかは、大きく分けて2つあります。
1つめは、洋服やアクセサリーなど商品となるような「モノ」。もう1つは、ブランドの世界観を表現し、商品を置くための「空間」です。

◆「なにを」バーチャル化するのか
1. 洋服やアクセサリーなどの「モノ」
2. ブランドの世界化を表現する場となる「空間」

画像2

CLOでのモデリング
Image Credit : awai

次に「どうやって」について整理していきます。
ファッションにおいてバーチャル化する方法は、大きく分けて3つです。
1つ目は、すでにあるものをバーチャル化する方法。作成した洋服のサンプルやアクセサリーなどを、3Dスキャンやフォトグラメトリーという手法を利用して、現実にあるものをCGモデルとして再現します。
すでに商品やお店の空間がある場合は、ゼロから作成するよりも比較的に速く作成することができます。現実の洋服の質感の再現などが得意ですが、実物に近づけようとするほど、スキャンのための機材が高価になったり、CGモデル化した後に追加修正が多く必要になります。

2つ目は、初めからバーチャルなモノや場として、CGモデルをモデリングする方法。ファッション関連ではCLOが最近話題ですが、CGモデリングツールでゼロから洋服やアクセサリー、什器や空間をモデリングします。バーチャルコンテンツをつくる際の最も一般的な方法です。
洋服のCGモデルを作る場合は、CLOやMarvelousDesigner、VStitcherなどのパターンから洋服のCGモデル作るツールと、BlenderやMaya、Cinema4Dなどのアクセサリーや空間を作るツールを組み合わせて作成することになります。着用感をシミュレーションでの再現することやアバターによるアニメーションは得意ですが、現実に近い質感を再現するためには、CG特有のライティングやマテリアルの設定などを作り込む必要があります。また写真や映像として利用する場合は、高スペックのパソコンを利用してレンダリングと呼ばれる描画処理に時間をかける必要があります。

3つ目は、自身のブランドのデザインを、他サービス内にすでにあるCGモデルにペイントすることで、簡易的に再現する方法。こちらは最近話題の『どうぶつの森』というゲーム内でのオリジナル衣装制作ツールや『VRoid』と呼ばれるアバター作成サービスなどで用いられる方法です。
デザインをデフォルメしてペイントするという比較的簡単な作成方法ですが、各ゲームやサービスごとの原型に合わせたデザインをすることになるので、再現度は制限されます。

◆「どうやって」バーチャル化するのか
1. すでにあるものをバーチャル化。(3Dスキャンやフォトグラメトリー)
2. バーチャルのモノや場として新しく作成。(CLOなどでモデリング)
3. アバターを利用するプラットフォーム(ゲームやサービス)内で作成・配布。(各プラットフォームの原型に対してペイント)

「どこに」バーチャル化するのか

HATRA 20AW STUDY SKINS AR展

最後に「どこに」バーチャル化するかを整理します。
1つ目は、VR空間として配信。VRは、ユーザーにブランドの空間に来てもらう方法です。視界が全面的に覆われるため、没入感がありブランドの世界観をあますことなく伝えることができます。またVR空間では複数人で集まることができるので、店員による接客や友人との買い物という現実に沿った体験も演出可能であるのが特徴です。
デメリットとしては、VRデバイスが未だに高価であることや、体験の準備に手間がかかることなどが挙げられます。

2つ目は、ARコンテンツとして配信。ARは、ユーザーがいる現実空間へブランドのコンテンツを届けて、体験してもらう方法になります。現在はスマートフォンでの体験が主流のため、比較的簡単にユーザーに体験してもらうことが可能です。またユーザーが体験したことを写真や動画として、SNSなどでシェアしやすいことも特徴です。
デメリットとしては、グラス型のデバイスを使用しない限りVRと比べると没入感が低いこと。また家の中で体験する場合は、(特に日本では)部屋の大きさによって表示できるコンテンツの大きさに制限があるため、複数のCGモデルを配置した世界観を重視するような演出は難しいことなどが挙げられます。

3つ目は、ゲームやサービスなどのプラットフォーム上で使用できるようにデザインを開放する方法。「どうやって」で紹介した『どうぶつの森』や『VRoid』などを利用して、ユーザーがすでに利用しているゲームやサービス内に向けて、デザインを使用可能な状態で公開する方法です。ユーザーにとって思い入れのあるゲームやアバターで、好きなブランドの洋服を装うことは特別な体験であり、ユーザー自身が洋服を着ている時間よりも長い時間ブランドのデザインに触れることも可能になります。
デメリットとしては、商品を購入するための動線が作りづらいこと、特定のユーザー層に絞られてしまうことなどが挙げられます。

◆「どこに」バーチャル化するのか
1. VR空間として配信。ユーザーがバーチャル空間へ行く。
2. ARとして配信。ユーザーの現実空間へ届ける。
3. 他プラットフォーム(ゲームやサービス)内で使用できるように開放。(どうぶつの森、VRoidなどアバターでの利用)

「なぜ」バーチャル化するのか

画像3

LGによるバーチャル試着システム「LG ThinQ Fit Collection」
Image Credit : YouTube by LG Global

ここまで、現状でファッション空間をバーチャル化する方法を簡単に整理をしてきました。この「何を」「どうやって」「どこに」の組み合わせを導入のハードルと併せて考えていくことが必要になります。

しかし導入ハードルを検討する前に、バーチャル化する際に最も重要なことを考えたいと思います。それはバーチャル化する目的である「なぜ」についてです。ファッションに限ったことではないですが、この「なぜ」について考えずにバーチャル化してしまうと、バーチャル化したこと自体が話題となってしまう、ユーザーとのコミュニケーションが成立していない話題性だけのコンテンツになってしまいがちです。

バーチャル化する目的は、大きく2つに分けることができます。
1つ目は、「意味を作ること」です。意味を作るというのは、バーチャルコンテンツを体験することによって、ブランドに対する感じ方が変わる(意味が変わる)ような体験を作ることです。体験を通じて、ユーザーにブランドのことをより好きになってもらうことがポイントです。

2つ目は、「機能を作ること」です。機能を作るというのは、商品やモデルが着用している様子を実物大で体感することやバーチャル試着などを通じて機能的な面で訴求するということです。機能的な訴求をバーチャル上で行う場合は、より実物に近いものを、より便利にする方向に向かうため、どれだけコストをかけて機能開発できるかがポイントになります。

◆「なぜ」バーチャル化するのか
1. 意味を作るため (ユーザーにとっての意味を変えるため)
2. 機能を作るため (便利にするため)

この「なぜ」行うのかという目的と、各々のブランドの規模に応じて「なにを」「どうやって」「どこに」バーチャル化していくことが大事です。

以上を踏まえて、現状バーチャル空間をファッションで導入する際には、「意味を作るため」に「洋服やアクセサリーなどのモノ」を、「バーチャルなモノとして作成」し、「ARとしてユーザーの空間へ届ける」という方法から始めてみるのが個人的にはオススメです。

理由としては、以下になります。

「意味を作る」方が「機能を作る」よりも費用対効果がブランドの規模に左右されづらく、ブランドの世界観やアイデアでの勝負がしやすい。
「洋服やアクセサリーなどのモノ」から始める方が「空間」を作るよりも手軽に始めることができる。
「新しくバーチャルのモノとして作る」方が「すでにあるものをバーチャル化する」よりも、洋服の生産フローに組み込むことで効率化ができるなどの副次的な効果もありコストがかかりづらい。
「ARとしてユーザーの空間へ届ける」方が「VR空間にユーザーに来てもらう」よりもブランドとしては作り込む範囲が限定されるので手軽に制作ができ、ユーザーはスマートフォンを利用し気軽に体験しやすい。また体験が増えることで口コミでの広がりも期待できる。

ちなみに、既存のプラットフォーム向けにデザインを作って配信する方法に触れなかった理由は、使用ユーザーが限定的になること、それぞれの型の範囲でデザインする必要があること、ブランドとの相性が余程よいプラットフォーム以外では、期待する成果に対してのコントロールが難しいことなどがあるからです。

こちらは、制作を担当させていただいたHATRA 20AW STUDY SKINS AR展の様子です。オンライン展示・受注会の開催期間中にHATRA ECサイトからワンクリックで、スマートフォンからSTYLYというアプリでAR展示を見ることができるコンテンツになります。

さきほど紹介したオススメの組み合わせで制作されたもので、CLOで制作された洋服のモデルをHATRAのブランドの世界観にあわせたキャプションとホログラム的な演出を行い、ユーザーの空間に展示会を届けるというものでした。展示会の縮小が決まってからの短期間で、デザイナーの長見さんとオンラインで相談しながら制作・実施しました。

もちろん、ブランドごとの目的や事業規模により最適な組み合わせは変わってきますが、バーチャル化する際に重要なことは、ユーザーが満足するために「バーチャル化」を使えているかどうかだと思います。

いきなりすべてをバーチャルに置き換えるのではなく、置き換える必要性があることから始めてみること。まずはブランドにとってもユーザーにとっても簡単にできることからはじめて、ブランドとユーザーの関係性の中にバーチャル体験を徐々に浸透させ、フェーズに合わせて「なぜ」「なにを」「どうやって」「どこに」の組み合わせを変えながら、体験を拡張させていく。

それが、この危機的状況の中でのチャレンジとしても、ウィズコロナ・アフターコロナの時代においても、ファッションとバーチャル空間、ブランドとユーザーにとってよりよい関係を生み出していくのではないかと考えています。