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【コラム】“服”を売らない、は成立する?ーVRファッションの可能性

服は“モノ”だ。触れることができ、身に着けることができる。なので服を作ることは、着る人の身体を美しくみせるシルエットや着心地を考えることでもあった。それが今日、“モノ”ではない服が登場している。それは、実際に“モノ”としては存在しない、画面のなかだけのバーチャルなファッションだ。

北欧のファッションEC「Carlings」のリリースしたサービス「Neo-EX」は、いわば服を売らない服の販売形式だ。画像を送ると服を合成してくれるこのサービスは、モノとしての服ではなく、イメージとしての服を提供する。

同時に、ファッションの世界でもバーチャルインフルエンサーに対する注目が高まっている。バーチャルスーパーモデル、バーチャルインスタグラマーとも呼ばれ、Shudu GramMiquelaimmaLiam Nikuroなどその数は増えて続けている。

実際には着ることのできない“イメージ”としての服、実際には存在しない仮想空間のインフルエンサー、これらの存在は何を意味しているのだろうか?今回は、バーチャルなファッションの可能性と、リアルなファッションに与える影響について考えてみよう。

リアルな購買に結びつけるVR技術

およそ10年ほど前から、自分のアバターを作成するサービスが多様に登場するようになった。自分好みにカスタムできるところからさらに自由度が高まり、自分に似せたアバターを作成できるようになったのだ。当初は特定のSNSやオンラインゲームのなかだけに限られているものが大半であったが、それでもアバターに装着可能な“ファッションアイテム”が盛んにリリースされ、ファッションブランドが監修したものも数多く登場した

こういった取り組みは、「アバターマーケティング」と呼ばれていた。2006年にハーバード・ビジネスレビューに取り上げられたこの用語の定義は、バーチャル空間での購買行動からリアル・ワールドの作成者の嗜好性を分析するというものであった[1]。また、自分と似たアバターに服を着せ、そこで気に入った服を現実世界でも購入する購買導線を組むことにも適用されていた[2]。

このように登場初期のバーチャルファッションは、あくまで現実世界に存在する商品の購買を促すための仕掛けであった。実際に存在する商品への関心を高め、消費行動を誘発する。その意味で今日のバーチャルフィッティングやAR試着なども、リアルな商品の購買のための技術という点で同じ思想のもとにあるものだろう。

Image Credit : Decoo

バーチャルで完結するVRファッションの展開

それならば冒頭で触れた「Neo-EX」は、全く新しい発想ーつまり、リアルな商品としての服を“売らない”という発想のもとにあるサービスだ。供給過剰、在庫過剰が特に問題視されるファッション業界において、適正量の生産を目指すというのはサステナビリティへの重要なアプローチのひとつになる。そのため、商品サンプルの作成をグラフィックで代替したり、予約販売をすることで最適な生産量を予め予測するといった取り組みが推し進められている。

しかし、これらは“作りすぎない”を志向するものである。「Neo-EX」が新たなバーチャルファッションの展開を考えるうえで重要な取り組みとなるのは、モノとしての服を“売らない”ことを目指している点にある。

ファッションにおける消費行動を紐解くひとつのキーワードとして、「顕示的消費」という言葉がある。経済学者のヴェブレンが提示したこの言葉は、「必要性や実用的な価値だけでなく、それによって得られる周囲からの羨望のまなざしを意識して行う消費行動」[3]として定義されている。特にインスタグラムなどでの“SNS映え”を意識した消費において、ファッションはひとつの重要な消費対象になる。

“SNS映え”だけを意識するのなら、実際に新しい服を買わなくても投稿する写真1枚あればいいのではないか?“売らない”サービスの展開は、ファッションの生産、消費に対するひとつのアイロニーとして受け取ることができるだろう。

仮想世界へのナビゲーターとなるインフルエンサー

その一方で、このバーチャルな世界だけで完結するファッションは、ファッションにおける消費への批判的なアプローチであるように思えると同時に、むしろそれ以上に、新しいファッションの楽しみ方としてのポジティブな印象を強く感じられる。それは、ファッションの世界においても続々と登場しているバーチャルインフルエンサーへの注目にも共通している。

バーチャルな世界は、今いっそう私たちの生活のなかに入り込んできている。SNSで少しだけ取り繕った自分を発信すること、小さな見栄を張ること、それも仮想世界での自己表現のひとつだ。VTuberの輝夜月の「お手伝い集団」AOは、「仮想と現実を行き来する生活が当たり前になるだろう」[4]と述べる。なりたい自分を演出できる、そんな仮想空間でのコミュニケーションが現実と同じくらい重要なものになれば、そこで身につける“ファッション”もまた現実での“ファッション”と同じくらい重要なものになり、物理的制限のない分より一層大きなマーケットを形成する可能性がある。実際、アバター用の服を売買できるファッションマーケットも既に登場している[5]。

仮想空間でのファッション、それは現実世界での様々な制約を解除する。ひとつには、自分の顔や体型といった容姿に対するコンプレックスだ。AOも「顔や容姿に左右されることのない世界が実現」[5]し、中身だけで評価されるようになると予測している。また、もっとラディカルにジェンダーや常識、既存の美の概念の枠を超えることもできる。インスタグラマーのSalviaは自らの写真を“醜く”加工することで、自分の価値観を表現している。こういったインフルエンサーたちの実践は、仮想空間での楽しみ方をナビゲートする重要な存在だ。

そしてまた、リアルな世界のファッションへ

ファッションをめぐるコミュニケーションにおける仮想空間の重要性は、今後もさらに高まっていくのだろう。AOは、「アバターとは個人を『拡張』するものであって『否定』するものではない」[6]と述べ、「あくまでも娯楽として、本当の自分を受け入れているからこそ楽しめるものだと思う」と考察している。

仮想空間でファッションを楽しむこと、装いに意識を向けること。それはきっと、リアルな世界でのファッションを改めて考え直す機会にもなり、リアルでもファッションを楽しむことへの意識にも繋がっていくはずだ。“映え”を意識して装うのではなく、装うことを楽しむ。それは結局、現実でも仮想空間でも変わらないことのだろう。

Text: Yoko Fujishima

[1]ハーバードビジネスレビュー, 2006年12月号「アバター・マーケティング
[2]ITmedia mobile 「“写メ”から“自分似のアバター”ーーAnyの「アバちぇき」
[3]コトバンク「日本大百科全書(ニッポニカ)『顕示的消費』」
[4]AO「輝夜月と仮想世界に!」『ユリイカ[詩と批評]』2018年7月号, p.39.
[5]mogra VR News「VR用のアバターの服を売買 ファッションマーケットがオープン」
[6]AO, 前掲書, p.40.


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