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【コラム】実物をみなくても買えるーテクノロジーが描く新しい購買体験とは?

インターネット上の服には触れない。実物をみなくても買う。
それは私たちにとってはもう、当たり前なのかもしれない。ほとんどECでしか服を買わなくなった私だと、ブランドイメージで固められて距離感をつめてくる店員とのやりとりが必要な実店舗の方が、居心地悪く思うこともある。

きっと、そういった感覚を持っている人は少なくないのだろう。
実際、アパレル部門のECの市場は他部門と比べても最大級の規模だ。EC化率だけみるとまだ実店舗の方が主流だけれど、それだけに更なる成長が見込める。

そのため現在のECサイトでは、新しいテクノロジーを用いた革新的サービスが数多く展開されている。
デジタル社会の今日、ファッションをめぐる“買う”という体験はどのようなものだろう?ーECサイトと店舗での購買体験の違い、そこで必要とされるテクノロジーはどのようなものだろう?


オンラインでの購入体験を“リアル”にするためのテクノロジー

買い物の当たり前ーウィンドウショッピングができ、値札があって返品ができる、店員がいてセールがある、こういったルールは19世紀後半に世界初の百貨店であるパリのボン・マルシェが始めて、今も変わらない。

でも、オンライン上で実店舗の“当たり前”をすべて叶えることは難しい。
実際、ファッション業界のEC進出は、実店舗の体験を再現することが難しいために遅かったと言われている[1]。
圧倒的に違うところは実物に触れない、試着ができないことだ。そのためECサイトは、実店舗での購入のための情報収集を目的に使われることが多い[2]。

そこでオンラインに導入されるテクノロジーには、“実店舗での体験を再現する”というアジェンダが設定されている。
例えば仮想試着サービスは、自分に商品が合うかを確認できるように、リコメンデーションサービスは膨大な選択肢から好みに合うものを店員代わりに提案する。これは商品のイメージの違いが理由で起こる返品率を低減させ、顧客にも企業にもメリットになる。

店舗のような購買を可能にし、オンラインでも良い買い物がしたい、失敗したくないという顧客の気持ちに答える。そうやってオンラインに対する不安を和らげようとするのだ。

ファッションをめぐる“買う”という体験の性質

しかし、こういった最新テクノロジーを使ったサービスは、単に“店舗での体験を再現する”以上の意味があると私は思っている。
現状の仮想試着の技術レベルは色合わせやおおまかなイメージの把握はできるものの、最も不安なシルエットやフィット感を確認するには十分とは言えない。さらに“商品を手にとることができない”ことは、購買にあまり影響しないというデータもある[3]。

それでも、こういったサービスが必要とされる理由ーそれは、ECでの“買う”プロセスを楽しむための仕掛けだからだ。

服を買うこと、それはプロセス全体を楽しむアフェクティブな体験だ。店舗であれば、視覚的に楽しく、没入感のあるスペクタクル空間、ブランドイメージを表す空間として購買意欲を刺激するようにできている。このような店舗の空間演出の戦略は、19世紀にボン・マルシェが始めた。買い物は「必要によって買うのではなく、その場で初めて必要を見いだす」[4]ような体験になり、店舗はそのための大切な舞台となったのだ。

ファッションをめぐる“買う”は体験としての価値が重要で、その質を高めるための仕掛けが必ず必要とされる。これはファストファッションや機能性を追求するブランドでも同様であるし、ECでさえも“買う”プロセスを楽しむ仕組みが購買に良い影響を与えるという調査結果がある[5]。
閲覧だけの利用者に購買を促し、顧客と安定的な関係を結ぶ工夫が必要なのだ。

オンライン特有の体験の探求

店舗での“買う”プロセスを素敵な体験にする仕掛けー空間デザイン、店員とのコミュニケーション、実際の商品に袖を通す感覚ーこういった要素はオンライン空間では提供することはできない。
だからこそ考えなくてはならないのが、EC特有の新しい購買体験を作り上げることだ。それは、店舗での購買体験を再現するのとは全く異なる挑戦になる。

そのための鍵が、シェアを前提としたコミュニケーションを促すテクノロジーだろう。
例えば前述の仮想試着に関する調査研究では、今の段階では着用感の再現はできなくともサービスが導入されることで、購買に“楽しむ”プロセスがはいることが販売の促進につながると考えられている[6]。アバター作成を通じたインタラクティブなやりとり、着せ替えを試すことでのサイト滞在時間の増加、これは男女問わず購買にポジティブな影響を与える。

インターネットは、“ファッションの民主化”を起こした。ファッション特有のエクスクルーシブな構造を解体し、自由で多様なセルフイメージの楽しみ方を伝え、店側に縛られない気楽な購買を実現させた。
これは、ファッションの強固な価値のルールを変える力だ。

だからこそ、誰の目も気にせずに気軽に色々なスタイルを楽しめる仮想試着や、自分の好みを掘り下げるリコメンデーションサービスーこういった新しいテクノロジーが可能とする購買体験は、単に店舗を真似るためのものでなく、デジタル社会での新しいファッションの体験として大きな意味を持つのだと思う。

オンラインの購買体験の拡大ーそれは同時に、オフラインの購買体験の更新でもある。
オンラインでは気軽に利用できるテクノロジーで誰でも、どこでも、ファッションを“買う”という体験をさらに楽しめるように。オフラインでもSNSでの“シェア”を前提としながらも、リアルな場ならではの体験ーポップアップイベントやミュージアム展示が重要になってきている。

ファッションの購買体験をめぐるテクノロジーのヴィジョンは、店舗の再現という以上に、新しいファッションの購買体験についての想像力を必要としている。EC特有の体験、つまり新たな購買体験の“当たり前”をつくるということだ。

ファッション分野では、新しいテクノロジーについてのニュースは多いが、それが定着しづらい。それだけルールが強固で、“当たり前”が大切になる。新たなテクノロジーに対しては、「何ができるのか?」だけではその価値がわからない。
“買う”という体験の歴史的文脈ーそれは未来への想像力でもあるーから、その意味と価値が与えられるものなのだ。

Text: Yoko Fujishima

[1]Marta Blázquez, ‘Fashion Shopping in Multichannel Retail: The Role of Technology in Enhancing the Customer Experience,’ International Journal of Electronic Commerce, 2014, pp. 97-116.
[2]サンドラ・フォーサイス&ボ・シ「インターネット・ショッピングにおける消費者の愛顧と知覚リスク」佐藤志乃訳、産研シリーズ(ダイレクト・マーケティング研究ー海外ジャーナル抄訳集2ー), 36, 2005, p.34.
[3]同書。
[4]鹿島茂『デパートを発明した夫婦』講談社現代新書, 1991, p.228.
[5]ジヨン・キム&サンドラ・フォーサイス「オンラインのアパレル通販におけるヴァーチャル試着の採用について」、加藤祥子訳、産研シリーズ(ダイレクト・マーケティング研究ー海外ジャーナル抄訳集5ー), 44 , 2009, pp. 3-20.
[6]同書。