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【コラム】ファッションテックはなぜ、ファッションにとって大切な問題なのか?ーファッションとテクノロジーの過去と未来

“ファッションテック”という言葉が、日本でも急速に注目を集めている。
もはやバズワード化したこの言葉、今やファッションの未来を考える鍵のようだ。

そもそもファッションテックとは何なのだろう?
実際のところ、この言葉の指し示す範囲は曖昧だ。最新技術を搭載したファッションアイテム、生産や流通の新技術、ECでの新サービス、そのどれもが“ファッションテック”。
編集者の軍司彩弓氏は、この言葉は「売る・共有する・管理する・見せる・身につける・作る」を含むと説明している [1]。つまりファッションとテクノロジーの関わりのすべて、それが“ファッションテック”と言われるものだ。

新技術の導入は、どの産業でも繰り返し行われること。それでも今日、あえて“ファッションテック”という言葉で未来を描く。この意味を理解するには、ファッションとテクノロジーの歴史を知ることが役立つだろう。そのために、ひとつの展覧会を紹介したい。

手仕事×機械:テクノロジー時代のファッション

テクノロジーというと、今日のデジタル技術を思い浮かべる人が多いかもしれない。でも、ファッションに最も大きな影響を与えたテクノロジーというと、おそらくミシンだろう。

ファッション展で世界的に有名なニューヨークのメトロポリタン美術館、その2016年の企画展“手仕事×機械:テクノロジー時代のファッション”は、テクノロジーがファッションの世界に“どう受け入れられ、影響を与え、評価されたのか?”を振り返る挑戦だった[2]。

手縫いからミシンに置き換わったこと、それは人間と衣服の関係を大きく変えることだった。
人間は原始時代には針と糸の原型を持っていたが、手縫いでの生産スピードには限界がある。そのため衣服は希少で、18世紀初頭の女性は平均2〜4着ほどの衣服しか所有していなかったそうだ。そこにミシンが登場したことで生産スピードは劇的に早まり、大量生産低価格化が実現した。このことで“装いを楽しむ”ことを可能になり、“ファッション”という現象自体が生まれたとも言える。

このようにテクノロジーは“ファッション”という現象、そして制度の基盤となる。それは生産技術だけではない。
例えば交通技術の発達で海外旅行ができるようになったことは、ファッションショーやコレクションウィークの確立と関係しているし、写真や映像といった記録媒体の登場はファッションの表現の変化と切り離せない。


希少性と大量生産:ファッションにおける両義的な価値

しかし機械技術ー特に生産技術に対しては、ポジティブな評価ばかりではない。それが展覧会でも取り上げる、ファッションにおける複雑なテクノロジーへのまなざしだ。

キュレーターのアンドレ・ボルトンは、この展覧会の説明の冒頭で映画『エクスマキナ』へ言及していた。この映画のキャッチフレーズは、「人間か、人工知能かー」。ロボットはドラえもんのように優しい友達になる場合もあるけれど、『エクスマキナ』のように人間と対立する存在として描かれることも多い。この人間と機械の二項対立の構図―これがファッションに歴史的に根付くテクノロジー観になる。

ファッションでは、“たくさん売る”ことは必ずしも良いことではない。
「みんなが持っているもの、流行のものがほしい。」
「誰も持っていない貴重なもの、個性的なものがほしい。」
この矛盾する2つの価値観がある。そしてこの価値観は、産業の構造にも埋め込まれている。それがオートクチュール(高級注文服)プレタポルテ(高級既製服)、さらにはマスファッションの区別だ。

機械生産は、効率的な大量生産を実現した。複数つくられることーそれは芸術としての価値を下げることでもある。なので人間の手仕事は職人の労働による貴重なもの、機械生産は大量に複製できる価値の劣るものという区別が生まれる。これは機械での生産は味気ない、奥深さがないとイメージする思想のレベルだけでなく、オートクチュール協会への加入に手仕事が必須とされるような制度にもなっている。


今日のファッションテックへ

このように、テクノロジーはファッションという文化制度の根幹にある。
そして展覧会の最終的な主張は、今日では手仕事と機械技術、オートクチュールとプレタポルテという二分法自体が無意味になりつつあるということだった。

だけれども、今日の“ファッションテック”の意味を考えるには、もう一歩先に進まなければいけないとも思う。
今回はハイファッション(高級衣服)と、生産のための技術に比重が置かれていた。確かに作るためのテクノロジーは、ホールガーメント3Dプリンターといった技術の進化も目覚ましく、デザイナーたちの創作の可能性を広げるものだろう。

ファッションをめぐる議論では“作る”という行為やデザイナー、またその作品が聖域化して語られる傾向がある。一方で流通、小売はマスファッションと結びつけられ、ハイファッションの議論とは断絶があるように思える。
だが今日の流通と小売は、その変化が“作る”ことの意味や方法を劇的に変えてしまうほどに強大な影響力をもっている。今日のファッションは、分割することのできない「売る・共有する・管理する・見せる・身につける・作る」の複雑なネットワークだ。

昨今のファッションテックの試みは、マスファッションやECが主導するプロジェクトがリードしている印象がある。これはデザイン、生産、流通、小売を一枚の相関図に均等に描くビジネスヴィジョンゆえではないだろうか。
例えば、デジタルデバイスを搭載した製品のコンセプトはプロダクトだけで完結するのではなく、顧客情報の取得やSNSとの連携など多様な展開が可能である。

“ファッションテック”はひとつひとつのプロダクトやサービスではなく、この複雑なダイナミズムへの包括的なアプローチだからこそ、今日の、そして未来のファッションを考えるうえで大切な問題なのだ。
それは「売る・共有する・管理する・見せる・身につける・作る」のどれかではなく、むしろそれらをネットワーク化して強化するものだろう。

Text: Yoko Fujishima

[1] DiFa ファッションテックが実現する未来とは?「FASHION FUTURE#002」レポート
[2] 以下の展覧会に関する記述は、以下の文献に基づく。Andrew Bolton, Manus x Machina: Fashion in an Age of Technology, 2016, New York: Metropolitan Museum of Art.

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