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【特集・コラム】過剰依存型から自律型のファッション・システムへ───ポスト・パンデミックをウィルスと共にサヴァイヴするために(Synflux)

川崎和也
スペキュラティヴ・ファッションデザイナー / デザインリサーチャー / Synflux主宰。1991年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクスデザインプログラム修士課程修了(デザイン)、現在同後期博士課程。主な受賞に、H&M財団グローバルチェンジアワード特別賞、文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品選出、Dezeen Awards 2019 Design Longlistなど。編著書に『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』(ビー・エヌ・エヌ新社, 2019)がある。

佐野虎太郎
タクティカル・ファッションデザイナー / デザインリサーチャー / Synflux 主宰。1998年生まれ。慶應義塾大学SFC在学中。デザインリサーチを軸に、未来の我々人間の身体形状・衣服の可能態を思索する研究と制作をおこなう。主な受賞に、H&M Foundation Global Change Award 2019 特別賞、Dezeen Awards 2019 Design Longlist、Wired Creative Hack Award 2018特別賞など。

Synflux
ファッションデザイナーの川崎和也、佐野虎太郎、リサーチエンジニアの清水快が主宰するスペキュラティヴ・ファッション・ラボラトリ。機械学習のアルゴリズムを活用したデザインシステム「Algorithmic Couture」の研究や、プレタポルテの次のパラダイムを実装するためのカスタマイゼーションプラットホームの開発などを通して、ファッションが持つ思索的な創造性を探求する実践を行う。主な受賞に、H&M Foundation Global Change Award 2019、Dezeen Award 2019 Design Longlist、Wired Creative Hack Award 2018など。近年の参加展示に、「ヒストポリス:絶滅と再生 展」(2020、GYRE GALLERY、「XENON」)、「Making Fashion Sense」 (2020、バーゼル、HATRAとの共作「AUBIK」)などがある。

コロナ禍が猛威を振るっている。緊急事態宣言以降、百貨店や各商業施設は休業に追い込まれ、首都圏の経済活動は事実上ストップしている。加えて、美術館やイベントなども中止または延期が相次ぎ、経済のみならず、文化への影響は甚大だろう。

ファッションへの影響も例外ではない。何より、衣服という人間の生活にも身体にも「密な」製品を扱うこの領域は、根本的に様々なレベルの身体性を前提としている。

第一に、上にも述べたように、物流や消費活動の中心として機能する都市が封鎖される「ロックダウン」は、ファッションのための「場」が奪われることに等しい。それは、人間同士の出会いの場がなくなると同時に、着用者がファッションと出会う機会が失われることを意味する。さらに、「ソーシャルディスタンス」ないしは「クアランティン」は、疫病感染を避けるために人々が物理的に距離を取ることを指すが、中長期的に見ればそれは身体間の距離のみならず、精神的な距離をも生むことになるだろう。「外に出かけたい」「大人数で集まりたい」といった、ストリートやショーでよく見かけるようなファッションの文化を形成するための基本的な欲求もまた、変容せざるを得なくなっているのである。

ファッションは、ウィルスに「心身の同期(Virusならぬ、「ヴァイヴス|Vibes)」を奪われた。しかし、ウィルスはしばらくは消滅しない。ではどのようにして、それらと共生しながら生き延びることができるだろうか。

パンデミックで露呈する過剰依存型ファッションの限界

まず、欧米を中心とした海外において盛り上がっている、現下パンデミックについての議論を少し見てみよう。

特に印象に残るのは、トレンド予測の大家であるリー・エデルコートの発言だ。エデルコートは、パンデミックによって消費が減速し物流が減退していることを具体例に出しながら、ウィルスは「惑星にとっての神の恵み」と言い切った。

インタビューでも触れているように、中国が年間で排出する有害物質が減少したり、都市に野生動物が帰ってきたりと、惑星にとっては望ましい環境に変容している側面は部分的に報告されている。これは、近年サステナビリティに関する活動に意欲的に取り組む彼女の2020年3月5日時点の発言だが、彼女に限らず環境保護派のこうした極端な意見は近年目立つ。

さらに、環境配慮型ファッションの中心的研究者であり、ロンドン芸術大学サステナブルファッションセンター教授のケイト・フレッチャーは、WWD JAPANのインタビューに応える形で以下のように述べている。

グローバライゼーションによるシステムが崩壊し、私たちは地形がとても大切だということにあらためて気づかされました。隣人(隣国)のこと、そしてローカルのサプライチェーンについても考えるきっかけにもなりました。

グローバル化批判・成長至上主義批判の急先鋒であるフレッチャーらしい発言だが、ここで強調するのは、パンデミックを好機とみて、創造性を軸にした国際的な連帯を強化すること、そしてローカルなマテリアルへの再評価だ。

今求められる次のファッション・システム

上に紹介した海外のアカデミックたちによる、「人間不在の世界」としてのパンデミックをポジティブに賀ぐ論調は、いささかイデオロギー的で、楽観的かつ、挑発的な先読みに見えるのは確かだ。しかし、著者はここで彼女らによる論の、少なくとも以下の点に関しては同意せざるを得ないと考えている。ひとつには、むやみにウィルスを「敵」として認識し、戦いを仕掛けることの無力さを。そして今こそ、長期的な視野でファッション産業を「システム」のレベルで再考する必要があることを、である。

とりわけフレッチャーが示唆するように、ファッション産業が抱えていた社会や技術に関する負の現象────グローバル化による過剰に複雑化した物流構造や、過剰生産・過剰消費────は、パンデミックが直接的な原因というよりはむしろ、ゾンビ化した既製服システムが内包する根本的な問題がウィルスによって顕在化したにすぎない。

ウィルスとある程度の距離を保ちつつ共生しなくてはならないであろう、ポスト・パンデミックのファッションを志向するにあたっては、テクノロジーに頼りながら、多元的な思考を用いて、グローバルとローカルのあいだに存在する矛盾を調停し、両者を融合した新たな創造性を開拓することを念頭に活動していく必要がある。

具体的にそれは、デジタルツールやソーシャルネットワークサービスを通じ、データを介して創造性を世界中に伝播させつつも、地域独自の生産・流通ラインや経済圏を構築することだろう。パンデミックは、こうした現行の過剰依存型に疑問を投げかけるような、自律型のファッション・システムを、あらためて要請している。

分散的に立ち現れる「自律化(Autonomization)」への創造性

デザイナーたちもただ手をこまねいているわけではない。例えば、HATRAは、2020/21AWコレクション「STUDY SKINS」にて、筆者が主宰するSynfluxと共同で、機械学習によって生成された「架空の鳥」のパターンをジャカードニットに編み込んだニットウェア「Synthetic Feather」を発表した。約2000万枚の画像を学習したアルゴリズムメイドなグラフィックをダイレクトにテキスタイルに応用した実験的な試みだが、国内のニット工場と連携しつつ、6種の糸で全ての型を効率的に生産できるプロセスごと設計した。さらにHATRAは、物理的な展示会が相次いで中止される中、いち早くオンライン受注に踏み切った。AR(拡張現実)を利用することで、外出が自粛されるさなか、スマートフォンをかざせば3Dシミュレーションソフトで作られたデータを通して、家でも仮想的に衣服を(ウィンドウならぬ)ディスプレイ・ショッピングすることができる。バーチャルなファッションがパンデミック以後のニューノーマルになるかどうかについてはまだ不透明なところがある。しかしながら、衣服のデザインプロセスに積極的にデジタルツールを埋め込み、単純な効率化とは異なる方法論を模索する諸実践は、ピクセルをマテリアルとして扱うデザイナーの新たな創造性を示しているかもしれない。

製造プロセスの観点から、TARO HORIUCHIとMameが共同で設立した縫製会社「Atelier Project」は、パンデミックをきっかけに始まったプロジェクトではないものの、今一度特筆すべきだ。ブランドが共同でローカルな生産プロセス自体を構築するこの取り組みは、グローバルなサプライチェーンが破壊されつつある今のような時代にこそ効果を発揮すべきだろう。工芸的技術をブランドの元に一括し、デザイン、パターン、縫製を包括的に管理可能なこの枠組みが、どのように展開するか注目である。

ソーシャルネットワーキングサービスを活用しつつ新たなコミュニケーションの回路を開いたのは、malamuteによるデジタルプレゼンテーションである。instagramのストーリー機能の時間的リミットをうまく逆手にとりながら、15秒1コマでコレクションルックを発表してみせた。渋谷で開催予定だったファッションショーがパンデミックによって中止されたことへの対策ではあったが、そもそもファッションショーの主要舞台が物理的空間からinstagramへ移行しつつあった現実をクリティカルに捉え、情報空間上の観客を有効的にエンゲージすることに成功しているように見える。

また、PUGMENTが試みているのは、既存のファッションの枠組みにとらわれない美術、写真、グラフィックデザインをはじめとした分野外の専門家たちを積極的に包摂する、領域横断的なコミュニティ形成である。彼・彼女らによる、プロセスを重視したデザイン方法は、既存のファッション史の鋭い再解釈ともとらえうるし、あるいは強烈な現状批判を通じたオルタナティブなナラティブの提案にも写る。

我々Synfluxも、国内外でラジカルな制作を行なっているプレイヤーとの連帯を強め、新しい創造的なプラットフォームをまさに構想していたところで、方針の転換を余儀なくされている。ダメージは大きい。そして、機械学習とジャガードの融合を目指した実験的作品「XENON」を、表参道・GYRE GALLERY『ヒストポリス:絶滅と再生 展』で初発表予定であったが、本稿公開現在は延期となっている。

しかし、上に述べたようなプレイヤーたちによって分散的にたちあらわれつつある諸実践を、過剰依存に頼る既存のファッション・システムを問い直す「自律化(Autonomization)」への創造性と、暫定的に呼び、希望を託したい。

2019年の秋に、人工生命・複雑系研究者の池上高志と対談する機会を得た。池上は筆者に向かって「ファッションは〈フレッシュ〉でなくてはならない。フレッシュであるためには、生命それ自体の定義にあるように、〈自律的〉であることが重要だ」と言った。

ファッションがパンデミック以後も、人間の想像の枠を超えた、偶有性としての「フレッシュさ」を提示し続けられるかは、今、ファショニスタ各々がオルタナティブなファッション・システムを思索し、「自律化」への道を歩めるかにかかっている。

Image Credit:今井駿介