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マテリアルエクスペリエンスという問い:What's the Matter? 001イベントレポート

ファッション領域における様々なテクノロジーの導入は、コロナ禍の影響もあり一層加速している。多種多様な方向で「ファッション」というものが変化するなか、衣服そのものもまた新しい方向へと向かっている。衣服自体をコンピュータ化していくウェアラブルデバイス、バイオマテリアル、高機能繊維など様々なアップデートや試みが登場する一方で、こういった新たな衣服をめぐっては肌に直接触れるアパレル製品ならではの難しさ、マーケットの大きさといった問題もあるだろう。

また、こういった開発やそこに至る研究の推進は、従来の担い手とは異なるところで展開されることも多いことから、ファッションの主流とは異なる特殊なものと捉えられてしまうかもしれない。だが、スマートウォッチがすっかり従来の時計に置き換わりつつあるように、衣服のアップデートもありうべき未来のひとつ。私たちの周囲にある素材やデバイスに、どんな変化が起きるのか?また、そういった課題に取り組む研究領域はどのような潮流にあるのか?

それを考えるうえでのヒントを存分に与えてくれるであろうイベント、東京大学大学院情報学環・学際情報学府、筧康明研究室によるトークイベント「What’s the Matter?」がスタートする。2021年に本格始動する本イベントだが、先んじて2020年6月25日にオンライン開催されている。今回は、その第1回の内容を追いながら、そこで提唱された「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」という考えに迫りたい。

【第2回の詳細はこちら】

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「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」という領域への誘い

「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」とは、筧康明 准教授(東京大学大学院情報学環)が提唱するマテリアル、情報、体験を繋ぐ試み。そして筧准教授の主宰するxlabは、多様なバックグラウンドの人々が、そこで新たな問いや可能性を模索するコミュニティとなっている。まずは、この「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」の概要について、筧准教授による説明からイベントは始まった。

土台となる研究領域はHCI(Human Computer Interaction)と呼ばれ、「デジタルとフィジカルの調停」を主題として取り組んできた領域である。コンピューターの普及、インターネットの登場によってデジタル環境がフィジカルでの環境を上回るほどに発達している現代において、デジタル環境と実空間や私たちの身体をいかに接続、調停するかという問題が立ち現れた。そこでは当初、実世界をデジタルの世界に置き換える映像としてのアプローチ(VRやAugmented Reality)から、続いて実世界に存在するモノの上に映像を重ねるプロジェクションが登場し、変化の乏しい実世界に動的なインタラクションを与えることで、実世界をベースにした新たな繋がりや体験を形成する試みが展開された。さらに2010年代頃からデジタルファブリケーションと呼ばれるモノのプログラミング、コンピューターでモノを生成するという流れが登場、従来のようにモノに映像を重ねるのではなく、モノをつくるところにコンピューターが関与してくるようになった。

そして筧准教授らが現在、取り組んでいるのがマテリアルそのものをプログラムしていく、マテリアルの特性からつくっていくというアプローチ。それは電気的/機械的な制御でなく、周囲の環境に応じて形、色、香りといった特性を変えるモノをインタラクティブなメディアとして用いる。さらに、マテリアル・エクスペリエンス・デザインの射程は、技術開発にとどまらず、私たちがそれらをどう使いこなすか、どんな新しい関係性や体験が生まれるかを追求している。マテリアル自体を理解し、マテリアルとの関わりを探究し、そしてマテリアルを介してその先にあるモノの生態系にアクセスしていくのだという。

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筧氏の発表スライドより
伝統工芸に新しい物質やインタラクションを組み込む西陣織の事例

素材の探究と体験設計を架橋する試み

ここまでの筧准教授によるトークからも提示されているように、この「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」というのは素材そのものへの探究と同時に、それを介したインタラクションの設計を必要とする。次にトークを行った鳴海紘也助教(東京大学大学院情報学環)は、この「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」を実践するうえで重要な要素として、マテリアルの相(固体・液体・気体など)への着目があると提示する。

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鳴海氏の発表スライドより

例えば固体のインタラクションとしては、ダイナブロックという磁石で繋がるビルディングブロックを用いて、椅子や机を作り出すという試みが紹介された。3Dプリンターよりもおおざっぱだが高速な造形が可能で、また不要になったらまたブロックに戻すことができる。つまり、ブロックというマテリアル(=素材・材料)と椅子や机といったオブジェクト(機能をもつモノ)の間を、インタラクティブに行き来するのだ。ほかにもmercari R4Dと東京大学の共同研究で開発する「poimo」というパーソナルモビリティプロダクトは、通常は鞄に入るくらい小さく畳めるが、空気を入れることで人間が乗れるくらいの硬さとなり、移動手段として活用できる。気体を利用することで大きな体積変化が可能となり、また軽くて柔らかい。

このように素材の物性に着目しつつ、同時に最終的にどのようなインタラクションと結びつくかに気を配ることが「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」という観点では重要だと鳴海氏は述べる。ただ特殊な素材を用いただけでは体験をデザインしたことにはならず、この素材の特性と体験を繋ぐヒントとなるのが、マテリアルの「相」への着目だという。

実世界ではデジタルのように大きさや硬さといった性質を、容易に、インタラクティブに大きく物性を変えるのは難しい。しかし鳴海氏は、人間とモノのインタラクションを目指す「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」は、モノをコントロール可能にすることで一見すると現実では不可能な変化も実現可能なものにするアプローチであると説明する。一方で、これらはまだ研究レベルの試みでもあることから、重要となるのは「私たちの生活のなかで最初にこういったマテリアルインターフェースを導入するならどこなのか?その時に、人間が戸惑わずに利用する手がかり(アフォーダンス)をどう与えるか?デバイスが生活の中で異物として浮かないようにするのはどうしたらいいか?」といったことを考えることだという。

マテリアルサイエンスとの距離感

こういったインタラクションや体験の設計への注力も重要である一方で、これは素材が持つ性質が根底にあるわけだが、素材そのものを探究するマテリアルサイエンスの領域とはどのような関係性にあるのだろうか。次のトークを行う中丸啓氏(東京大学情報学環客員研究員/株式会社ZOZOテクノロジーズ)は物理工学系のバックグラウンドを持ち、民間企業での材料開発部門での経験から人間中心主義的な設計にも関わってきた。

中丸氏は、エンジニアリングとHCIでは技術を発達させていくプロセスには、視点の違いがあると説明する。エンジニアリングのサイド、特に企業での研究開発では顧客のニーズを満たすために技術を発展させていく。そこで開発者は材料の特性に常日頃触れているため、例えば曲げられるディスプレイが作れるかもしれないといった技術的可能性にいち早く気付くいことがある。しかし、その時点ではマーケットがないため、その価値を提示することができないうジレンマがあるのだという。一方でHCIの領域では、洗練されたプロダクトになるまでには制約の多いものでも、ビジョンが先導する形で体験を具現化し、素材のインタラクションとしての価値を提示するというアプローチが取られる。そこでは性能は一度落ちるかもしれないが、誰もまだ挑んでない体験、インタラクションに挑み、実用に至る前のシーズ技術と社会との接続を考えるための価値の軸の可能性を提示でき、これはマテリアルを専門に扱う人にも新しいヒントとなるという。

このように両領域が接続する利点は大きい一方で、従来は理工学とHCIの接続には長い時間が必要で、例えばゴムやゲルといった素材では大凡20年のギャップがあったと中丸氏は分析する。しかし、こういった状況もハードウェア/ソフトウェアの進化、製造のためのプロセス技術の向上、そして人材の流動性が高まり分野越境が活発となったことで、近年ではほんの数年にまで縮められた事例も登場しているという。そして、このように従来は分けられていたアート、サイエンス、エンジニアリング、デザインの境界線が変化する過渡期にある現在、このように分野を越えた相互理解が進んでいくことで、共有される課題、試みへの価値評価も変わるのではないかと中丸氏は投げかける。

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中丸氏の発表スライドより

中丸氏の予測する新規の方向性としては主に4つあり、ひとつは、よりプロダクトやサービスに落とし込むことが重視されるのではないかということ。また単にスマートマテリアルを従来のデバイスに置き換えるだけではなく、従来は絶対に起こり得なかったような時間軸での変化や機能の発現など、より複雑なシステムへ拡張することが求められるのではないかということ。そして、効率性だけではない、時間や場所の制約を取り払う制作。さらには、その先にあるものとして、作り方・素材・インタラクションの組み合わせによって生まれる新たなマテリアルとその体験といったものだ。

マテリアルベースの研究開発は、特に材料系の企業だと高性能な素材開発を実現しても使い道がないといった問題があるなかで、誰が使うのか、それができるとどのような関係性が可能となるのかといった視点をもつHCIの領域との接続は今後、さらに加速するのかもしれない。

研究から社会実装への展開

「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」の根幹にある、モノと周囲との関係を考える試み自体は、多様なデザイン実践で積み重ねられてきたものでもある。特にxlabで注目しているのが、建築だという。建築は都市の中に人工物を造り、人の営みを変え、周りの環境にも影響を与えるもの。それゆえ、モノと周囲の環境との関係性に対するデザインやテクノロジーの関わりへの思考が積み重ねられてきた。

次のトークを行った辻村和正氏(東京大学大学院学際情報学府博士課程/株式会社インフォバーン)は、建築のバックグラウンドを持ち、デザインリサーチ、サービスデザインの経験を経て「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」に挑んでいる。そこで辻村氏はまず、建築と「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」の親和性を紐解いていく。

ひとつめの鍵となる要素が、素材自体のスケールを変えて考えてみるというアプローチだ。スケール操作をすることは建築でも王道的な考え方であり、例えばレム・コールハースの著作、『S,M,L,XL』はそのタイトルが示す通り、スケールに従ったフレームワークで様々なメディアを通して建築・都市を分類している。

ただ、ここで辻村氏が強調するのが、建築におけるマテリアルは何か?という点だ。建築物をOrganism(生命体)と例えるならば、Organとなるのがブロックであり、さらにその先にCellとしての粘土や砂がある。建築の場合では、このブロックをComponent(≒マテリアル)と捉えることが多いという。同様に木造建築でも、建材がComponent(≒マテリアル)となり、これは先ほどの中丸氏のマテリアルサイエンスでのマテリアルの捉え方に比べて、より大きなスケールでマテリアルを捉えている。

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辻村氏の発表スライドより

辻村氏はマテリアルをこのように大きなスケールで考える、「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」に建築のメタファーを持ち込むことで、ミクロスケールのものをスケールアップして人の体験や生活シーンと接続するヒューマンスケールでの議論に発展させることができ、体験設計という部分へのイメージが湧きやすいのではないかと提示する。その中で辻村氏自身は障子のような建具材を新たなマテリアルでアップデートさせることで、従来のように空間を物理的に仕切るというところから、視覚的に仕切る、触覚的に仕切るといった、空間の「質」をコントロールする試みを研究している。

そしてこのことは、「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」を考えるうえでもうひとつ重要な鍵となる、スコープを変えてみるというアプローチとも繋がってくることが示される。「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」は、鳴海氏、中丸氏のようなラボでの研究を主とするところから、プロトタイプを実社会に持ち出し、実際に人々にどのように使われるかを探索する試みや、スペキュラティブデザインといった将来のありうべき姿を投機して議論の場を作るショールームとしての試みまでを包括しているという。そして辻村氏は特にフィールドに持ち出す部分を中心に研究しており、マテリアルの将来的な使い方への期待を獲得することで、マテリアルと体験設計を結びつけることを試みている。

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辻村氏の発表スライドより

筧准教授も、こういった建築的視点の導入、また主にラボの中で遂行されるHCIの研究とは異なるフィールドに積極的に持ち出す試みが「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」として展開されることで、開発の時間軸も変わるようなチャレンジとなるのではないかと期待を語っていた。

問いを歴史的に俯瞰する

辻村氏のトークでも、ありうべき未来に対する問いを投げかけるショールームとしての側面が「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」に包括されていることが示されたが、この物質と対峙しながら美的な要素や問いを抽出していくような作業は美術、あるいは工芸のなかで積み重ねられてきたことでもあるといえよう。

そういった意味で、この「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」はアーティストも協同しており、次のトークを行う齋藤帆奈氏(東京大学大学院学際情報学府修士課程)もそのひとりだ。齋藤氏は美大の工芸学科でガラスを学び、素材を中心にした制作を行ってきた。その後、バイオアートのプラットフォームに参加し、ガラスや粘菌を使った制作を行いながら研究を行っている。そこで齋藤氏は現代アートにおける素材との関係性をめぐる議論を参照しながら、「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」を美術史の文脈に位置付ける検討がなされた。

そこで重要となるのが、リアルな像を描く具象絵画に対する批判から生まれた「メディウム・スペシフィシティ」という概念だ。美術批評家のクレメント=グリーンバーグは、具象絵画は素材を感じさせない「イリュージョン」であるとして批判し、モダンアートはその素材でしか表せないものではなくてはならないと提唱した。つまり、絵具やキャンバスといった素材の特殊性を活かした作品である。ここではコンセプトは、素材に従属するものとなる。

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斎藤氏の発表スライドより

斎藤氏はこのグリーンバーグの議論を足掛かりに、コンセプトアートにも同様な2つの方向性があると分析する。つまりは、コンセプトが先導して素材はそのイメージと結びつくものなら何でも良い、素材がコンセプトに従属するようなものと、マルセル・デュシャンのレディメイドやメディアアートのような既製品、既存メディアを本来の用途とは異なる文脈に持ち込み、そのマテリアル性をあらわにするようなものだ。

このような現代アートの流れのなかでのマテリアルというものを考え、また「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」の試みを再検討すると、そこで齋藤氏が重要な点として強調するのはメディウムではなくマテリアルだ。メディウムというのは、何かを媒介するために物体が存在することを意味する。美学者のエリ・デューリングは、こういった作品の背景にある観念の方が素材よりも重視されるロマン主義的態度を批判しながら、機能を持ち、また大量生産される前の一点ものとして作品を捉える「プロトタイプ」という概念を提唱しているが、アートとして、エンジニアリングとして、そしてサイエンスとしても展開されうる「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」は、プロトタイプとして捉えることができるのではないかと提起する。またこういったデューリングの議論の他にも、人を鑑賞者ではなくモノ同士の関係性のなかで等位に置くような態度は、思弁的実在論を牽引してきた哲学者グレアム・ハーマンのオブジェクト指向存在論といった思想的潮流にも接続しうるもので、この試みを歴史的な流れのなかに位置付けていく足掛かりとなることを示した。

モノと人を繋ぐ「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」の可能性

このように「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」はモノと私たちを繋ぐという試みを、アート、サイエンス、エンジニアリング、デザインを架橋して展開している。ここから生まれる研究やプロダクトは必ずしもファッションと直接的に結びつくものではないかもしれないが、ファッションは人とモノの関係性、またそこで生まれる体験やコミュニケーションまで含むものであると捉えると、広義での人とモノの関係性をめぐる探究と影響関係にあるだろう。「マテリアル・エクスペリエンス・デザイン」の可能性は多様な方向性に広がっており、私たちの身体、衣服、ファッションのありうべき未来を考えるためにも、この動向を注視していきたい。

登壇者プロフィール

筧 康明
インタラクティブメディア研究者/メディアアーティスト。博士(学際情報学)。東京大学大学院情報学環准教授。Material Experience Designというテーマのもと、物理素材の特性に注目するフィジカルインタフェースやインスターション作品を発表する。平成26年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞、第23回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞など受賞。https://xlab.iii.u-tokyo.ac.jp/yasuaki_kakehi/

鳴海 紘也
2020年東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。博士課程在籍中に日本学術振興会特別研究員、科学技術振興機構 ACT-I「情報と未来」個人研究者などを務め、2020年4月より東京大学大学院情報学環助教。専門はヒューマン・コンピュータ・インタラクション。主な受賞として2020年度東京大学総長賞など

中丸 啓
慶應義塾大学政策メディア研究科修了。博士(政策・メディア)。株先会社ZOZOテクノロジーズに在籍し、東京大学大学院情報学環客員研究員も務める。メーカーの研究開発部門やデザインファームを経て現職。素材を活用した新規デバイスやインタラクションの研究開発とその事業化を担当。

辻村 和正
デザインリサーチャー。東京外国語大学卒業、南カリフォルニア建築大学(SCI_Arc)修了、建築学修士。現在、東京大学大学院学際情報学府博士課程、及び株式会社インフォバーン在籍。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭、ニューヨーク フィルム フェスティバルなど。

齋藤 帆奈
多摩美術大学工芸学科ガラスコースを卒業後、現代美術家としてバイオアートでの活動を開始。現在、東京大学大学院学際情報学府修士課程に在籍。近年では複数種の野生の粘菌を採取、培養し、研究と制作に用いている。主なテーマは、自然/社会、人間/非人間の区分の再考、表現者と表現対象の不可分性。

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