名建築でファッションを:Matterportで可能になる新しいファッションプレゼンテーション(後編)
ファッションブランドEZUMi(エズミ)が、隈研吾が設計したサニーヒルズ南青山を舞台に3Dポートレートショーとして2021年春夏コレクションを発表。いつでも、どこでも、自分のPCからこの建築にアクセスでき、さらにそこに散りばめられたEZUMiのコレクションの1体1体を見ることができる。
このプレゼンテーションを実現したのが、アメリカ生まれのツールMatterport(マターポート)だ。PRADAの2021年春夏コレクションの発表でも使用されているこのツールだが、EZUMiの本コレクションのように、名建築を舞台に生きたモデルを使用したプレゼンテーションは今までに見たことのない試みだった。
EZUMiの3Dポートレートショー実現の立役者が、ARCHI HATCH(アーキハッチ)株式会社の徳永雄太氏だ。彼がMatterportを使用して実現しようとしているビジョンは、建築をデジタル空間にアーカイヴするという壮大なもの。今回は徳永氏にインタビューを行い、ARCHI HATCHが目指すものと、ファッションとの協働可能性、そしてファッションと建築の親和性などについてお話を伺った。
徳永雄太/ARCHI HATCH株式会社 代表取締役
1980年、東京生まれ。法政大学卒業後、イギリス留学を経て中国・上海で広告代理店に8年間勤務。2016年、建築模型に特化した日本国内唯一の展示施設「建築倉庫ミュージアム」開館と同時に館長に就任。またその傍ら、京都伝統工芸プロジェクトのアドバイザーや一般社団法人日本建築文化保存協会の理事なども歴任。
2018年5月にARCHI HATCHを設立。今年5月、建築や美術展、パブリックアートなどの3Dアーカイブのオープンソースプラットフォーム「ARCHI-BANK」「ARCHI-CLE」をローンチ。Matterportの撮影も2017年から経験があり、国内外で撮影活動の傍ら数々のアートプロジェクトのオンラインビューイングを監修。昨今では広島平和記念資料館の3D Portrait Museumを制作したFUTURE MEMORYや隈研吾建築を舞台にしたEZUMiの3D Showなど。また、アジア各地で建築ミュージアムの展示企画も手掛けている。
名建築で「ファッションショー」
――EZUMiさんとの3Dポートレート展示に戻りますが、これはさっきおっしゃってたように隈さんの建築で撮影され、生きたモデルさんが着てっていうのが特徴的でした。この経緯も、江角さんが建築にお詳しくて隈さんとやりたいということでやることになったんでしょうか?
まず、江角さんが3月にコロナ禍でランウェイのファッションショーができなかったというのを人づてに聞きまして。そんな中、彼が面白いことができないか、会ってほしいと言われたのがきっかけでした。そして7月くらいにお会いして、スチールの写真をサニーヒルズ南青山を舞台にやるっていうのをお聞きしました。その時に、僕もやったことがなかったのですが、もしかして3Dでのプレゼンテーションができるんじゃないかなということで、すぐ1週間後に江角さんともう1人捕まえて、2人立たせて試験的に撮影してみたんです。
もちろん無人で撮影するっていうのがMatterportの基本なんですけど、それを逆手に取ってやりました。そうしたら結構うまくいって、これだったら3Dポートレートファッションショーとして、僕たちがモデルの間をランウェイするということを僕が考え出して、江角さんもそれは面白いねって言ってくれてやることになりましたね。
――撮影にはどれくらいの時間かかったんですか?
スチールと一緒にやったので、6時間くらいかかりましたね。
――モデルさんはずっとそのまま立っていたんですか?
モデルさんをまず立たせて、7ポイントくらいでとってるんですよ。その後に着替えてその次のまた踊り場に座らせてスチールを撮る。で、僕が入っていって立ち位置とかを変えて撮る、っていうのを5回繰り返したみたいな感じです。
――着替えとか入ってくると本当のファッションショーみたいですね。
ファッションショーでしたね。普通のカメラの場合は、カシャカシャ撮ってる最中にモデルがポーズを変えるんですけど、僕の場合は動いちゃだめって言うんですよ。60度で6回転するカメラで、1度の撮影がだいたい40秒間。もちろんそこの角度に向いた時に止まればいいんですけど、それじゃなくても40秒間静止してくれっていうので、モデルさんが超疲れてました(笑)。
――そんなふうに作られたEZUMiさんの今回のコレクションなんですけど、この3Dポートレート展示の閲覧状況と販売状況など、今回の3Dプレゼンテーションによって従来の顧客以外にも広がったのでしょうか?
EZUMiのコレクション販売状況としては従来の顧客とは別に、建築関係、アート関係の方、あるいは海外の方からの反応も広がったように感じていると聞いています。もともと建築などにもゆかりある人だったので、建築家の人たちも受注会とかに来てくれることもあったらしいんですけど、今回隈さんとやったことで、FashionSnapでも記事が出て連絡がきて、帰ってきた顧客が多かったし、新しい顧客も増えたみたいです。今回のシーズンのものはまだバイヤーさんしか買えないですが、そのおかげで今季の秋冬が意外な層に売れてるっていうことも聞きました。
ファッションと建築、そして身体
――技術が発展してきて、建築の技術がファッションへ、ファッションの技術が建築へ、みたいなことがどんどん現実味に帯びているような気がします。徳永さんが長年建築に携われている中で、建築家さんがファッション的な技術へのアプローチをしているコンセプチュアルな実例など思い当たるものはありますか?
本当に色々あるとは思いますが、建築家は時計とかメガネとか、あと装飾系のものに手を出しているような印象がありますね。隈さんのアシックスの靴、あれなんかはEZUMiの時にもモデルに履かせてるんですけど、日本の伝統的な竹細工技法の「やたら編み」っていうのを本当に上手く使ったものがアシックスの靴のファサードになり、それが構造にもなっていて。
考え方と作る工程が建築とファッションでは似ていると思っていて、もともとデザイン、デッサン、スケッチで描いてこういう形にしようみたいな。今回のEZUMiの3Dポートレートショーでも、3階のところに江角さんの頭の中を覗こうという、デッサンなどが置いてある場所があります。そういうのを見れるところって通常のファッションショーの中ではないじゃないですか。それを置いたら面白いんじゃないかって、実際あれが結構ウケて、本当にこういうデッサンしてるんだとか、あれがすごい1番いいみたいなこととか。
そういうところが建築家も然りで、デッサンして模型を作ってどんどん1から100になって。その中で考えに制限があるのが、建築家さんとファッションデザイナーさんだと思うんですよね。ファッションだと首のところは絶対穴がないといけないし、胴体の穴がないといけないし、閉めるんだったらボタンがないといけないとか。やっぱそういう決まりがあると思うんです。建築もやっぱりその中で、建築基準法とか消防法とか、色々な基準があった中で作るから、ファッションデザイナーと建築家って考え方の思考としてバッチリ合うんじゃないかって思うんですよね。
――確かにそうですよね。作り方にも制限があることで親和性があることと、2つとも身体を守るからっていうのが、シェルターとして機能していることから多くの建築家とデザイナーが類似性を指摘したりしてると思います。
どちらの領域も3Dで制作が可能になったり、それのみならずプレゼンテーションも3Dで徳永さんはやられてますが、例えば通常のファッションショーを最前列で観るっていうことと、EZUMiさんのこの3Dショーを画面で観るっていうのは違いが生まれてくると思います。この変化によって観てる人の身体観みたいなものは変わるのでしょうか。
誰もやったことがないことで、僕もまだわかっていないんですよね。だから今はやっぱり一番最初にやったという実績がありますし、しかも3Dに音楽をつけたいんだって言ってわざわざ発注してオリジナルの音楽を作ってもらってということもあったり、新しい経験を創出することで、みなさんが嬉しがってくれているんですね。そういうところをどんどん伸ばしていくっていうのが1つあります。また(Matterportは)拡張性が高いものになっているので、ファッションショーなどのフィジカルな場では知り得ない情報、体験できないものを散りばめることができるということを僕は観ていただきたいなと。
隈さんが言った言葉なんですけど、サニーヒルズ南青山のこれまでに撮られた建築の写真にあんまり隈さんは満足がいってなかったとおっしゃっていて。というのは、あそこの建築物のどこが1番隈さんが気に入ってるかというと、階段らしいんですよ。今回階段がすごくきれいに、モデル含めですが踊り場とかをしっかり撮っていて日光が当たっていて。木のつぶ感とかがわかるような建物なので、そこって写真だと表すことができない気がするんです。右を向いて、左を向いて、上を見て、ってやるとやっとわかる。それを忠実にこの3Dファッションショーはやっていて、しかも人間を置いて寸法感覚までわかるので、隈さんは忠実に僕の意図を汲み取ってくれている、そこがすごく素敵だったということを言ってくれました。そういうところで、人間ってやっぱりあんまりスケール感が大きくなると現実味を持って考えられなくなると思うので、PCのサイズで見られる、自分を空間の中に入れて見られるところがいいのかなと、隈さんに言われて僕も気づきました。
建築家 隈研吾氏
仮想空間と現実空間の架け橋に
――今ファッションの展示会ってVR空間を新しく作り出して、空間もバーチャル、服もバーチャルっていうものが結構出てきています。その反面、徳永さんは実空間をファッションと共に記録するっていうことをしていますよね。そういう方から見て、バーチャル空間にバーチャルファッションを置くことについて率直にどう思われるのかなと思って聞いてみたいです。
どっちもあっていいと思っています。やはり未来はそういう形に変わっていくんだろうなとは思っているんですけど、どっちにせよただの空間を作ってただの洋服を置くってだけではあまり未来がないと思っています。建築家さんにVR空間も作ってもらうとか、その中にちゃんとしたキュレーターを入れてアーカイヴするとか、そういうプログラムも出てきています。やっぱりアートを展示するとか、モデルを展示するとか、バーチャルも発展していくんじゃないかなと思うんですけど、実際まだ人間はそこのバーチャルの空間に慣れていないかもしれなくて、本当にあれやってみるとめちゃくちゃ酔うんですよね。ただ、やっぱりまだまだ実の空間でやった方がコンセプチュアルなものができるんじゃないかなとは思っています。あとは、フォトグラメトリとかもですね、UNDERCOVERも面白いことやってましたね。
――両方って感じですよね。実空間だからこそ面白い部分もあるし。今2020年に生きる私たちにはもしかしたらまだ実空間の方が親和性あるかもしれない。
そうですね。結局、VR空間ってただ作ったキューブでも箱でもいいですし、そこに置くものもなんでもいいみたいことは、僕は逆に勿体無いと思って。博物館とかでも単にコロナだから撮影して無料で見せますみたいことは、体験としてはすぐに忘れちゃうものになってしまうように思っていて。ARCHI HATCHはそれをしっかりアーカイヴしたプラットフォームになっているんです。
また、やっぱり実空間っていうのは実際に行けるので、EZUMiのことは知らなくても、撮影場所のサニーヒルズ南青山だったら世界中が隈研吾を知っているわけで、隈研吾の他の物件は知っていたけどこういうのもあるんだと気づきもあると思いますし、そこから実際に見にくるという導線にもなると思いますね。やっぱり仮想から現実につなげるっていう導線を僕はやりたいんです。
EZUMiデザイナー 江角泰俊氏
――コロナ禍だからやる、じゃなくて、ブランド性やちゃんとしたコンセプトを持ってやってるってことが大事なのかなと思いました。
最後に今後のご展望や、もしファッションとコラボレーションの展望とかがあればお伺いしたいです。
EZUMiさんとは今回サニーヒルズ南青山でしたけど、実際はここの物件がもっと建築映えしてファッション映えもするんじゃないか、というところは結構色々メモしていて。これはEZUMiさんとじゃなくても今後できることなので、引き続きもっと発展性があると思います。今度は多分、人間をクリックしたら動き出すみたいなこともできて、本当にランウェイしてるみたいな、1回転するくらいはARでできてくると思うので、キャプチャーの中で本当に人間が動き出すようなことを今やろうと思っています。
ARCHI HATCHの展望としては、建築倉庫ミュージアムと一緒なんですけど、100年後にこういうものを残していきたいとは思っています。日本のみならず世界の物件なども今撮影していて、タイでもこういう活動していたので、タイの建築家とかも注目しています。なぜかわからないですけどエジプトなどからもARCHI HATCHのサイトが見られていて。GoogleでAnalyticsでわかるじゃないですか。海外からの注目がどんどん増えていっててるんですよね。特に隈さんとEZUMiさんのプロジェクト以後結構増えてるので、本当に世界のトップの名建築のプラットフォームにARCHI HATCHがなれればなと思っています。
左から徳永氏、江角氏、隈氏
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インタビューを終え、徳永氏は思い出したかのように自身が関わったという有楽町でのアートプロジェクト、「2●21×ANREALAGE」について話してくれた。この3Dスキャンされた店舗はオンラインでパソコンの前に座ったまま店内を回遊できるとともに、プロダクトの案内や制作過程、対談、コンセプト動画なども見ることができる。またそのまま購入も可能な仕組みだ。
ここに、新しいECの可能性を感じた。サムネイルが並ぶ画面から選ぶのではなく、リアルな店舗の3D空間を歩き回り、手に取るという購買体験が、アフターコロナの世界でも確実に必要とされてくるだろう。大手ECサイトは今が取りいれるチャンスかもしれない。
それと同時に、ブランドの世界観やコンセプトはしっかりと保持し、高めていく。コロナ禍だからといってプランBとしてデジタルという手段を使うのではなく、ブランドの価値を高める方法としてデジタルを活用することが重要なのだと再認した。
名建築でファッションを。そんな体験を提供してくれたARCHI HATCHが、今後も期待を上回るファッションプレゼンテーションを提案してくれることは間違いないだろう。
<鼎談:EZUMi × Kengo Kuma x ARCHI HATCH>
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