アパレル特化SaaS「AYATORI」が起こす生産流通改革(後編)
いまなおアナログな業務が多いアパレル業界。特に、アパレル生産流通の原点であるものづくりの現場に関してはテクノロジーの活用事例は少なく、他業界と比べても大きく遅れてると言わざるを得ない。
アパレル特化型SaaS「AYATORI」を開発・提供する株式会社DeepValleyは、そんなアナログなサプライチェーンから脱却するべく挑戦を続けている企業の1つだ。
AYATORIは、生産管理業務に必須のデータと社内外とのコミュニケーションを一元管理できるプラットフォームサービス。AYATORI上にアップロードした縫製仕様書などを社内外の関係者に共有でき、チャット機能を使ったコミュニケーションが可能となっているため、従来の生産業務で頻発していたミスコミュニケーションや情報・進捗の共有漏れなどを未然に防ぐことができる。
アパレルとIT、2つの業界をバックグラウンドに持つDeepValley創業者・深谷玲人さんの経験と気づきから生まれたこのサービスは、凝り固まったアパレル業界の構造を解きほぐす可能性を秘めている。
深谷さんが見たアパレル業界の課題からAYATORIで実現したいことまでを聞いた前編に引き続き、後編では、アパレルものづくりを理解してもらうための秘訣や、異なるバックグラウンドを持つ人と協業するためのノウハウ、最後に深谷さんが望むあるべきアパレル業界の姿について伺った。
AYATORIの価値はリモートワークできること
──新型コロナウイルス感染拡大に際してAYATORIの無償提供をされてましたが、実施の背景と経緯を教えてください。
今回のような状況になった時に、AYATORIの価値はリモートワークできることだと思ったんです。会社にしかデータがない場合に困る人がいるかもしれないし、知り合いの会社からもこの状況下で取引先に呼び出されたという話をよく聞いていました。そういうユーザーのリモートワークのきっかけになり、少しでも助かるのであればいいなと思って無償提供しました。
また、もともと将来的にAYATORIを無償で提供する選択肢もあると考えていました。有料化することで多くの機能が使えるサービスでもいいかなと。どの範囲まで無料で使えるようにするのかを悩んでいたので今回はそのテストも兼ねています。
──反響はいかがでしたか?
ユーザー数は増えましたね。最初にリリースした4月時点では、中国の工場がまだ動いていない状況だったので、この機にデジタル化を進めたいという企業や過去に商談したことがある企業などから多くのお問い合わせをいただきました。
──新規のユーザーから得た気づきはありましたか?
想定していなかったわけではありませんが、自社内の管理だけでもしたいというニーズが意外にも多かったことですね。これまではコミュニケーションツールとして使っていただいているユーザーが多かったのですが、データを格納するツールとして考えていただいているユーザーが増えました。データの紐付け方や格納方法、帳簿の表示方法など、生産管理というよりMD寄りの発想の提案を多くいただきました。
──ユーザーからの意見でサービスの発展可能性が見えてくるのは面白いですね。
僕らは基本的に、許容できる範囲の改善よりもユーザーからの提案の反映を優先して対応しています。
ものづくりを理解してもらうためには包み隠さず伝えること
──2020年7月には、ネットショップ作成サービスを展開するBASEとのサービス提携を行い、BASEの拡張機能の1つとしてAYATORI Appの提供を開始されています。BASEとの提携までの経緯と狙いを教えてください。
新型コロナの影響でECの需要が伸びていましたが、やはり海外での買い付けができないというユーザーがBASEショップに限らず多くいました。その時、我々としても買い付けできないユーザーが出てくると想定していたので、AYATORIコネクトサービスの買い付けや製造のサポートを拡充させていたタイミングだったんです。BASEユーザーにこのサービスを還元できないかと考えていた時に、AYATORIコネクトサービスを見たBASEさんとお話しする機会をいただきAYATORI Appという形で提携することになりました。
──反響はいかがですか?
AYATORIコネクトサービス開始から、すでに数百件の問い合わせをいただいています。あまり大々的にリリースせずユーザーにあまりプッシュしているわけではないのですが、こんなに来るのかと少し驚いています。もともとDeepValleyとしてもブランドの支援をしたいと考えていたので、ブランドの売り上げに寄与できるように徐々に取り組ませていただいてます。
──いわゆるアパレルのプロではない層が製造に関わろうとする時には、前提知識の共有などで困難な場面があるかと思います。製造のサポートをする上で、ブランドや服をつくりたいという人にどのようにアプローチするのですか?
僕は絶対最初に、ものづくりの大変さを伝えるようにしています。インフルエンサーブランドを設立した時も同じような経験をしましたが、やはり、ものづくりの経験がない人は、工業用の仕様書や素材や加工に関する知識がないため、出来上がったものとイメージしていたものが違うということは絶対にあると思います。
また、どんなものをつくりたいのかを聞き出してあげないと具体的な案が出てきません。なので、ものづくりの知識がない人には教えてあげる立ち位置でお話していくことが、イメージと近しいものをつくるためには大切だと考えています。結局、Tシャツ1枚も人が縫っているものです。ロットが少ない場合に起こり得る事態などを丁寧に伝えて理解してもらった上で、一緒にやらせていただいていますね。
──ものづくりへの理解を手助けするために意識している具体的なメソッドを教えてください。
僕は透明性を大事にしているので、まずは金額を先に伝えるようにしています。生地や資材の価格や縫製1枚ごとにかかるコスト、ロットあたりの単価、僕らがいただく手数料、それらを差し引いて依頼主に納められる金額など、なんの駆け引きもなく詳細に言ってしまいます。
そうすると相手から、この生地を使った場合いくらになるのか?もっと安い縫い方はあるか?他の加工方法はあるのか?などの具体的な提案が出るようになるんですね。なので、必ず金額ベースでディスカッションしながら相手が納得するように進めています。
──たしかに、金額が基準にあると相手も想像しやすくなるかもしれません。
依頼主は僕らを通す必要があるかどうかもわからない状態で相談してきますが、他に適した業者がいるのであればこちらから提案することもあります。例えば、単純にTシャツにプリントしたいというお問い合わせなどについては、他の企業やオリジナルプリントのTシャツ屋さんでの単価なども伝えてしまいます。僕らが動くとその分の人件費などが発生するので、他の業者に依頼した方が安いということはありますから。
僕らはこれが主業務ではないので、必ず受けなくてはいけないというわけではありません。これは、いままでのアパレルではあんまりなかったポジションの取り方かもしれないですね。発注に関する仕組みやアップチャージの話、業者との金銭面でのコミュニケーションについても包み隠さず言えちゃう僕らだからこそできることであり、しなければならないことかなと思っています。
異なる領域とコラボレーションするためのノウハウ
──社内外でアパレル業界外出身の方と仕事をしていく場面が多くあるかと思います。アパレル領域、IT領域それぞれに文化の違いがあるかと思いますが、それらをコラボレーションさせて仕事する上で気をつけていることはありますか?
アパレルのカルチャーをアパレル外の人に理解してもらうには時間がかかります。僕はIT領域のことも知っているのでそちら側にあわせた方が早いと思っているので、アパレルのカルチャーを崩さずに伝え続けることがポイントだと考えていますね。
テクノロジーは時として文化を殺します。ただ、僕らはテクノロジーを文化を生かすために使いたいというスタンスでいるので、そこからブレずに話していくことが大事だと思っています。アパレルとITとでは話が噛み合わない部分は多いですが、それぞれ噛み合わせるように一人一人に話していくしかないかなと。
これは僕が他業界を経験したからできることだと思います。エンジニアには、AYATORIをアパレルものづくりのためのGitHubであると伝えると大枠理解してもらえます。また、アパレルの製造過程をソフトウェア開発になぞらえて説明すると、非効率的な側面もすぐわかってもらえます。
この例えられる力が僕らの強みなんだろうなと思っています。僕はアパレルの知識を軸にしながら薄く広くアパレル外のことを学んできました。それぞれの物差しにあわせて伝えることが、異なる分野の人にアパレルへの解像度を高めてもらう方法なのではないでしょうか。
アパレル業界におけるSaaS普及のためのメソッド
──アパレル業界のSaaS普及はどのような状態にあるのでしょうか?
アパレルのSaaS普及率はとても低いです。これはおそらく、SaaSのサービス料を支払う通信費の予算をとっている企業が多くないからなのではないかと思っています。インターネット代と電話代程度しか予算を確保しておらず、そこに新しく予算を追加することにピンと来ていないんじゃないでしょうか。
AYATORIコネクトサービスはその点に考慮したという背景があります。つまり、DeepValleyのサービス料を製造原価に組み込んでしまえばいいじゃないかと。不思議なことに、100万〜200万円規模の発注はMDが決定できるのですが、数千円のITシステムの支払いには意思決定の整備がされていない場合が多いんです。
AYATORIは業務効率化ツールなので、いまのところ売上に直接繋がるツールではありません。どこにリプレースするかを考えた時に、労働時間の削減というより、原価率が0.1%下がりますというような見せ方の方が響きやすいんだろうなと思います。
──今後アパレル業界で実現させたい、あるいは実現してほしいサービスなどはありますか?
僕が一番衝撃受けたのは、ディープラーニングやAIを活用したサービスを提供しているABEJAさんの「ABEJA Insightfor Retail」ですね。店舗にカメラを設置して顧客の動線や購買活動を数値化・分析するサービスなのですが、僕はこのテクノロジーはそのまま工場でも使えるなと思っているんです。
現状、製造の現場はブラックボックスになってしまっていますが、もしこのテクノロジーを応用すれば工場のラインの稼働率などがリアルタイムで共有できるようになります。さらにカメラのスキルが上がれば、生地を裁断した時点での寸法や商品のサイズが計測できるようになり、ささげ(商品の「撮影」「採寸」「原稿作成」の頭文字をとった、EC販売において必須となる業務の通称)の工程を省略できるようになるはずです。さらに、撮影している工場の様子をYouTube Liveなどで配信してしまえば、電話での確認などのやりとりも不要になります。ABEJAさんのサービスを応用すれば、生産流通工程のいくつかの場面で効率化を実現できるのではないでしょうか。
クリエイションさえ持っていればチャレンジできる業界にしたい
──最後に、ファッション・アパレル業界はどのように変化していってほしいと考えていますか?深谷さんの展望をお聞かせください。
ファッション・アパレル業界には3つの問題があると考えています。1つは、アナログでブラックボックスになってしまっている製造側の問題。もう1つはファイナンスの問題。これら2つの問題にはすでに取り組んでいますが、最後の問題はトレンドだと思っています。
これまで自分が関わってきたブランドの中にも潰れてなくなってしまったブランドはいくつかありますが、製造側の問題やファイナンスの問題、トレンドの問題がなかったら生き残っていたと思うんです。どれも魅力的なチームだったので、時代が違えば成功していたんだろうなと。
ただトレンドに関して言えば、新型コロナの影響で変化がみられています。現に、規模は小さくとも自分たちのブランドのポリシーをしっかり持っていて、ファンを抱えながらこれをつくり続けるんだと迷わず進行しているブランドは、売り上げを伸ばしていますよね。
僕は全ブランドがそんなふうになればいいなと思っています。日本では年間約39億着の服がつくられていますが、仮に1型100点だとしても3900万型近くあるため、それだけあれば多分ドンピシャのものは見つかるはずなんです。マスカスタマイゼーションとまではいかなくとも、そういう人たちをうまくマッチングさせられれば、消費者はハロウィンのように人の目を気にせず好きなものを着られて、つくり手は好きなものをつくれる状況になるはずです。ファッションが楽しいと思ってもらえる世の中になればなと。
もちろん、トレンドがなくなれと言っているわけではありません。あってもいいと思いますが、それ以外のあり方も尊重されるような世の中になってほしい、世の中にしたいというのが、僕が1番やりたいことであると言っても過言ではありません。
現在、理論上いろんな未来は絶対描けるんです。ただ、誰もがチャレンジできるわけではない状態になってしまっているだけです。誰でもクリエイションさえしっかり持っていれば、少なくともチャレンジできる。そういう業界にしていきたいなと思っています。
最後に語られた言葉からは、いくつものブランドの終わりを見てきた悔しさのような感情が伝わってきた。それでも厭世的にならずに、アパレル業界に理想を抱く深谷さんのような姿勢がこれからの業界を改革するためには必要なのかもしれない。
AYATORIのようなサービスはアパレルの世界を変革する可能性を秘めている。業界が取り組まなくてはならない課題は山積みだ。今後のアパレル業界には、異なる領域をつなぎ合わせるような知識と経験がさらに求められるだろう。それらの課題を打破するようなサービスの発展と新しいテクノロジーの登場を期待したい。
Text by Naruki Akiyoshi
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