【特集・コラム】外出自粛で、バーチャルに「人に見られること」への投資は拡大する(久保友香)
久保 友香 / メディア環境学者
2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。専門はメディア環境学。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。著書に『「盛り」の誕生ー女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識ー』(太田出版、2019年)。
最近はよく女子中学生のYouTuberやTikTokerの動画を観察している。政府から新型コロナウィルス感染拡大防止に向けた緊急事態宣言が出ても、彼女たちの勢いは変わらない。むしろ、外出自粛により学校にも行かないせいか、動画の数も質も向上している気がする。外出できない分、彼女たちは家の中で、ていねいにメイクし、コーディネイトを選りすぐり、部屋を飾り付けているのではないか。静かになった街とは対照的に、こちらは大賑わいである。
先日も、スマホで、YouTubeで彼女たちの生活の一コマを見せる動画を見たり、TikTokで踊る姿に見入っていたら、ポンとバナー通知が表示されてニュースが届いた。早速チェックしてみると、外出自粛の中で「人に見られること」への投資であるアパレル・化粧品市場が縮小するというコンサルティング会社による試算が発表されたというものだった。
その直前まで見ていた、スマホの向こうの女の子たちの世界とのギャップに、考えさせられた。彼女たちは外出自粛の中でむしろ「人に見られること」が増えているようだった。外出自粛は必ずや「人に見られること」を減らし、そこへの投資を減らすのだろうか?
外出自粛コミュニケーションのモデルは平安時代にあり
外出自粛中でも、家の中で、きれいにお化粧し、きれいに服を着ている女の子たちを見ていたら、以前本で読んだ平安時代のことを思い出した。平安時代の貴族女性も、外出せず、ずっと家にいたそうだ。しかも一日中座っており、動くのは楯膝で動ける範囲だったという。直接対面するのは両親と、女性に仕える女房のみで、それ以外の人との対面は、御簾などを介して、姿の見えない状態で行われた。それなのに、彼女たちは日々、豪華な十二単の着物を着ていた。さらに、顔には白粉を塗り、眉を剃って描き、歯をお歯黒にして、唇に紅をさし、髪を2メートルにも伸ばして、耳にもかけず垂らしてと、ずいぶん手の込んだ装いをしていた。なぜだろう?
源氏物語絵巻 東屋一 WIKIMEDIA COMMONSより転載
平安時代に関する本をさらに読んでみると、ヒントになりそうなことを見つけた。当時、貴族が住んでいた寝殿造りの家は、壁がなく柱が並ぶだけのだだっ広い空間で、用途に合わせて移動式の屏障具で区切って使われていた。家で儀式など行われる時も、客が通るところと、女性が隠れているところの境界は、御簾一枚で隔たれているだけの状態だった。だから、風が吹いた瞬間に御簾が揺れて、中にいる女性がチラリと一瞬見えることがあった。これを「垣間見」というそうだ。
垣間見した人は、チラリと見えた時に得た情報をもとに、想像の中で、バーチャルに、女性の外見を作り上げたのだろう。彼女たちには「リアルに人に見られること」は起こらなかったが、「バーチャルに人に見られること」は起こっていた。垣間見した人は、どんな外見を作り上げただろう。白塗りの顔に、描き眉、お歯黒、紅い唇、2メートルもある長い垂れ髪の姿は、どの貴族女性も似たようなものだっただろうから、十二単の着物がその人らしさを決めたのではないか。
「リアルに人に見られること」の場合、生まれ持った容姿が、その人らしさに強く影響することが多い。しかし「バーチャルに人に見られること」の場合は、その人らしさを人工的に作りこむことができる。バーチャルに見られる時のその人らしさを、ここでは「バーチャル・ビジュアル・アイデンティティ」と呼ぶことにしよう。上流貴族の父親たちは、娘を天皇家に嫁がせて、政治の権力を握ることを目指していた。貴族の娘が必ずしも、生まれ持って望ましい容姿だったとは限らない。だから敢えて、「リアルに人に見られること」を遮断し、「バーチャルに人に見られること」だけが起こるようにしたのではないか。そして貴族女性として望ましいバーチャル・ビジュアル・アイデンティティを作り上げるために、一家を挙げて、十二単の着物や化粧道具などに、多大に投資したのではないか。
バーチャルに見られる自分を作る女の子の「盛り」文化
平安時代、「バーチャルに人に見られること」があり、バーチャル・ビジュアル・アイデンティティを作りこむことができたのは、寝殿造りの家に住み、十二単の着物を着ることができるような、特別階級の女性だけだった。しかし現代は、デジタルテクノロジーの発展により、それが大衆化した。それを先導してきたのは、若い女の子たちである。1990年代、撮影した写真がその場でシール紙に印刷されるアミューズメントマシン「プリクラ」が登場すると、プリクラ写真の上で実際よりも望ましい顔を作ることを始めた。彼女たちはこれを「盛り」と呼んだ。私はこの「盛り」の文化を、長いこと、研究してきた。
2000年代初頭にカメラ付きの携帯電話(以下、ガラケー)が登場するやいなや、日本の女の子たちはガラケー付属のカメラで自らを撮影する「自撮り」を始めた。世界に、自撮りを意味する「セルフィ―」という言葉が広がる10年以上も前のことである。2000年代後半になると、実際よりも目を大きく盛った、いわゆる「デカ目」の自撮り写真をネット上で見せることが広がった。女の子向けのケータイブログでは、デカ目を作るための情報交換がさかんに行われた。つけまつげやカラーコンタクトレンズで盛ったデカ目写真から、素顔はわからない。逆に、それらの道具を器用に使いこなすことができれば、いくらでも望ましい顔も作りこむことができた。デカ目を作るのがうまく、手本を示すことのできる女の子が高く評価され、ブログへのアクセスが集中した。女の子たちは、つけまつげやカラーコンタクトレンズなど、ケータイブログ上で「バーチャルに人に見られること」のための投資をした。
2010年代半ばからは、写真共有SNS、Instagram上で現実ばなれした幻想的ともいえるような、いわゆる「インスタ映え」写真を見せることが広がった。写真の中の本人たちは、うつむいたり、後ろを向いたり、顔を見せないことが多い。だから、その周りにある衣装や小道具やロケーションが、その子のバーチャル・ビジュアル・アイデンティティを形成した。「インスタ映え」するロケーションはインスタ映えスポットと呼ばれ、「インスタ映え」する小道具はインスタ映えアイテムと呼ばれ、それらの情報交換がさかんに行われた。新たな情報を提供し、インスタ映えの手本を示せる女の子が評価され、フォロワーを集めた。女の子たちは、遠いインスタ映えスポットに足を運んだり、インスタ映えアイテムを買い集めたり、インスタグラム上で「バーチャルに人に見られること」のための投資をした。
新しいテクノロジーが導く「ライフスタイル」盛り
このように、日本の女の子たちはケータイブログが普及した2000年代後半からとくに、「リアルに人に見られること」よりも「バーチャルに人に見られること」へ投資する傾向がある。そして今、外出自粛要請により「リアルに人に見られること」が遮断され、これを機に「バーチャルに人に見られること」への投資はさらに拡大するのではないか。だとすれば、その投資先は、どうなるのだろう?それを予測するため、これまでの経緯を今一度振り返ってみよう。
「デカ目」が広がった2000年代後半、つけまつげやカラーコンタクトレンズなど「目」を盛ることへの投資が行われたのは、当時のコミュニケーションツールがガラケーだったことが影響している。ガラケー付属のカメラは小さく、広い範囲を高解像度に撮影することはできなかったので、顔や目のような小さな部分を見せ合うコミュニケーションが最適だったのだ。「インスタ映え」が広がった2010年代半ばはすでにスマホが普及していた。スマホ付属のカメラは広い範囲でも高解像度に撮影できるので、シーン全体を見せ合うコミュニケーションが可能になり、それを盛るためのロケーションや小道具への投資が行われた。女の子たちの好奇心は常に、新しいテクノロジーを取り入れる。テクノロジーが変われば、盛る対象が変わり、「人に見られること」の投資先も変わる。
「人に見られること」のテクノロジーは、この先どうなるのか。スマホ付属のカメラが、2010年代半ば頃と比べて大きく進化した点は、低照度の環境でも鮮明に撮影できるようになったことだ。2010年代半ば、インスタ映えに夢中な女の子たちにインタビューしたら、「日が傾くと盛れない」と言って、早起きしてインスタ映えスポットに向かっているということだった。しかしその後、スマホ付属のカメラは、機械学習を用いた画像処理で、夜や屋内の撮影でも鮮明な画像を作れるようになった。とくに2019年主要メーカの商品に搭載されたナイトモードは、それを明確に実現している。そしてその機能は静止画のみならず動画撮影にも適応し、次世代通信規格5Gが利用できるようになればさらに活かされることになる。
これからは、家の中で動画を撮影しコミュニケーションすることがもっとさかんになるだろう。家の中のカメラが動画でとらえるその人の「ライフスタイル」が、その人のバーチャル・ビジュアル・アイデンティティを形成し、「ライフスタイル」を盛ることへの投資が拡大するのではないか。早速、女子中学生のYouTubeやTikTokを見ていると、美容や食のライフスタイルを容易に盛ることができる、装飾的な鏡やミニテーブルを新たに導入しているのを見かける。