【対談】HATRA 長見佳祐×デジタル・ヒューマン研究者 斉藤隼介、Vol.1「バーチャル技術が導く、ファッションデザインの構造変化」
ファッションテックはどんな未来を導くのか。今あるサービスやプロダクトの、もう一歩先を考えるためには何が必要なのか。そのヒントを探すため、最新のテクノロジーでファッションのアップデートに挑む、実践者や研究者を紹介する新企画。分野や立場を超えたコラボレーションから、彼ら彼女らの思想を対談形式で掘り下げる。
今回はその第1弾として、アパレル向け3DCADツールCLOの活用、さらには普及支援で注目を集めるファッションブランドHATRAのデザイナーである長見佳祐氏、デジタル・ヒューマン研究者の斉藤隼介氏を迎え、バーチャル技術とファッションの交錯点、その可能性について語ってもらった。
【プロフィール】
長見 佳祐(Keisuke Nagami)/ HATRAデザイナー
1987年 広島生。2006年 渡仏、クチュール技術 / 立体裁断を学ぶ。2010年 HATRAを設立。「部屋」のような居心地を外に持ち出せる、ポータブルな空間としての衣服を提案する。現在では3Dクロスシミュレーションソフト「CLO」の応用を通し、新しい身体表現の在り方を模索している。
主な出展に「Future Beauty -日本ファッションの未来性-」「JAPANORAMA」など。2018年度 JFLF AWARD受賞、2019年度 Tokyo新人ファッションデザイナー大賞選出。
斉藤 隼介 / デジタル・ヒューマン研究者
2013年早稲田大学応用物理学科卒業、2014年早稲田大学応用物理学専攻修士早期修了、2014年ペンシルバニア大学にて客員研究員として人体モデルリングの研究に従事、2015年より南カリフォルニア大学コンピュータサイエンス学科にて博士課程に在籍し、デジタル・ヒューマンのコモディティ化に関する研究に従事。またAdobe Research, Facebook Reality Labs, FAIRなどの企業研究所でのインターンを行い、AR/VRやAIの複合領域において横断的に研究を進めている。
(聞き手)
藤嶋 陽子 / ZOZO研究所 リサーチサイエンティスト(ファッション研究)
ファッションデザインの民主化とファッションデザイナー
今回対談する2人は2019年夏、斉藤氏がZOZO研究所と共同研究時に、バーチャル技術の進展とファッションの関係性についてディスカッションを行なっている。この日のトークは、新しいツールの登場が導くファッションデザインの変化、その意味から議論が始まった。
斉藤: ZOZO研究所との共同研究中、スケッチの画像から服の型紙と、3Dのフィッティングをコントロールする技術の開発をしていました。2Dの画面を操作することで服の形状を操作したり、新しいテキスタイルを生成するシステムの開発です。実用化にはまだ検討の余地がありますが、要素技術としては完成し、論文化の準備をしています。
Image Credit : Shunsuke Saito
長見: それは、ユーザーがデザインする未来を想定した研究ですか?
斉藤: かなり自由な方向性でやらせて頂いたので、型紙の研究を進めながら、同時に実用化の可能性や方向性も議論していくというかたちでした。
藤嶋: 細部まで緻密に検討して服作りをするデザイナーとして、ユーザーがカスタムできるようになること、マスカスタマイゼーションをどのように捉えていますか?
長見: HATRAがカスタムサービスを提供するかどうかはさておき、そのふたつは競合するようなものではなくて、コミュニケーションのオルタナティブなかたちだと捉えています。カスタマイズはクリエイティブな行為たりうるけど、それは従来のスタイリングの位置づけに近い。
藤嶋: ファッションテックの領域では、誰でもつくれるようになることをポジティブに押し出す潮流があるなか、従来からデザインを担ってきた人たちはどう捉えているのか、興味がありました。
長見: ファッションデザインの拡張というより、やはりスタイリングや着こなしの派生といった側面が目下は有意なように感じます。一方でひとえに服のデザインといっても、それが形をなすまでに、デザイナーに限らず多くの人の判断を経由します。そういった重層的なデザインの束に対応する手ブレ補正のような機能がシステムに組み込まれるとすれば、その補正アルゴリズム自体がブランド化していくかもしれないですね。
Image Credit : HATRA
斉藤: 僕はデザインの敷居が下がることで、YouTubeで起きていることと同じようなことが服でも起きるかもしれないなと思っています。YouTuberみたいな存在がこれだけ広がったのは、映像制作にかかるコストが下がり、扱いやすいツールで容易に作業できるようになったことが背景にあって、ファッションにとってそこに位置するものがまだない。そこで敷居が下がって、誰でも参加できるようになったときに、YouTuberのようなテレビで活躍している人とは棲み分けられた新しいセグメントができる。そういう意味で、現在ファッションデザインを仕事としている人たちと直接、競合するというよりは棲み分けがされる、そうなったら面白いなと。
長見: プロフェッショナル側からも、ユーザーとしてのコミットはあるでしょうね。
斉藤: そうですね、YouTubeで起きていることをみると、芸能人からの転向や逆のパターンもありますよね。それぞれの消費の仕方、他のフィールドで今起きてることからのアナロジーで考えることができるかなと思いますね。
長見: 実際に他国の若手デザイナーの話を聞くと、日本のように小さなロットで生地開発をさせてもらえたり、多くの在庫品番から生地を選んで翌日届くような環境が恵まれていることを実感します。視点を変えれば、ぼくらの営みもカスタマイズのある偏りにすぎないともいえる。
共通言語としてのバーチャルの可能性と課題
Image Credit : HATRA
斉藤: その敷居を下げるために重要な鍵は、いきなり全てフィジカルに変化を起こそうとすると、製造制作のコストが大きい。そこでCLOのような3Dで制作できるようなツールが確実に重要な役割を果たすだろうなと思っています。それは制作の容易さだけでなく、見栄えをそのまま反映するという点でも意味を持っていて、Tommy Hillfigerのように全行程をデジタル化というのも可能になってくる。現実とディスプレイ上の服がほとんど区別がつかないようになってくると、最終的に手に届くまでの段階だったら、それがリアルだろうがフェイクだろうが、消費者にとっては大きな意味を持たなくなりますよね。
藤嶋: 触らないで買う、というのは現時点でも当たり前になりつつあると思うのですが、今後さらに進展した際、どんな変化をもたらすのか。自分もECでポチポチ買ってしまうのですが、反射的に、高頻度なルーティンで服を買う人も多いなか、バーチャルファッションの広まりは必ずしも良い方向だけではないように思えてしまいます。
斉藤: バーチャルから現実世界への五感のフィードバックに関しては、研究レベルでは進歩してきていて、ハプティクスといわれる触覚の研究も実用に向けて進んでいます。テキスタイルとか肌触りのフィードバックも、近い未来には可能になると思いますし、触覚は人間の五感として重要なものなので、それを削り取っていく方向にはいかないと思います。バーチャルだから不要だよねというのではない、人間の五感をとってしまうのは味気がない。五感がプログラマブルなものになってくることで、現実で存在しない布の触感とかも、作れるようになるかもしれないですね。
長見: 面白いですね。ZOZOSUITやCLO3Dもそうですが、服飾と先端技術が交わるとき、コモディティに近い領域から先行するようになりました。短期的なリターンや、技術的にも要素の少ないシンプルなデザインから優先的に開発が進んでいくことには納得する一方で、それこそ触れたことのない質感だったり、なにか日常に揺さぶりをかけるような視点が抜け落ちてしまうこともある。マスな部分と、ラディカルな部分、両方から輪郭を拡げていくことが豊かなリアクションを生むと思います。
斉藤: それこそコラボレーションを進めていくか、技術もアイディアも尖っている人が全部自分でやっていくというのが、領域全体を推し進める力になると思います。デザインも技術開発もできるスーパーマンみたいな人が現れるのでなければ、リサーチャーとデザイナーの人たちの距離が共通の言語で会話できるようになり、一緒にラディカルなところを今までにない技術で挑んでいく必要がある。技術とアートが離れてしまうと、目の付け所は面白いものの既存の技術の使い合わせになってしまうか、技術ドリブンで技術的には新しいけれどイケてないものしか出てこないで終わってしまうようなジレンマがあると思っていて、そこは今後変わっていったらいいなと思っています。
藤嶋: どの領域でも、資金のあるところがプラットフォームをつくり、プラットフォームが持っているルールが創作にも影響を与えるという状況は起きていると思います。そのなかでファッションを考えると、いわゆるマスとラグジュアリーな世界の溝があるからこそ、守られている部分が存在しているとも思うんですよね。テクノロジーの導入も、ハイファッションの方が採用しようとしてる、例えばブロックチェーンのような自分たちを守るための方向と、マスファッションのなかでの、早く大量に売っていくための技術革新は完全に別の価値基準に基づいている。でも、バーチャルファッションの領域だけは体験として重なる部分があって、色々な立場があるなかでも方向性が近い、最もコラボレーションが起きやすい共通言語になる可能性があるのかなと思っています。
長見: バーチャルとは違いますが、Louis VuittonとLeague of Legendsのコラボレーションのように、やや突飛な掛け合わせが可能な時代になりました。
藤嶋: 日本はそのなかで、バーチャルファッションによってアニメなど、いわゆるサブカルチャーと呼ばれる部分と近づき、そこでも共通言語となる可能性を感じます。
長見: ナイーブなところではありますね。国内でアニメやイラスト文化がメインカルチャーとして成熟した状況が、ファッションプロパーな受容を難しくしている部分もあると思います。人は重なっているんだけど、コミュニティが重ならない状況があるかなと。おもしろい動きはたくさんあるのですが。
藤嶋: なるほど、アニメ好きのデザイナーがやってるもの、別のカルチャーのものと考えられてしまうかもしれないということですね。
斉藤: バーチャルの技術が、どうやって色々なキャズムを超えていけるかというのは大きな課題ですね。結局、今VRは一部のゲーマーとアーリーアダプターだけのもので、自分の祖父母世代が使うものではない。より現実感の再現ができるようになったら一般の人が使えるSkype 2.0のようなコミュニケーションインフラになると思っています。まだ技術課題は多いですが、その段階までいけば、もっと実験的なものとマスで使われるものへの移行がスムーズいくのではないでしょうか。
バーチャル技術がファッションデザインに与える影響と課題について、議論が交わされたVol.1。続くVol.2では、ファッションの産業構造や歴史からAIを考えていく。【Vol.2は近日配信予定】
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