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【コラム】デジタル技術が生み出す、ファッションの新たな役割

ファッションは人間中心主義的なもの--ファッション研究者のANNAMARI VÄNSKÄはそう言う[1]。また彼女は人間にとっての「ファッション」という行為を説明するため、アダムとイヴの逸話を取り上げる。
善悪の知識の木ノ実を口にした時、2人が最初に知ったこと、それは自分たちが裸であったことだ。そして、イチジクの葉で腰を覆った。つまり、最初の“人間”が最初に行った行為、それが身に纏うということだ。
人間は成長過程で、着こなしを学ぶことによってルールやマナーを身につける。そして「人間」以外の存在を“人間”であるかのようにみなす時、衣服、ファッションはとても重要な要素だ。それゆえVÄNSKÄは、社会にとって、そして人間にとって「ファッション」が果たしてきた役割を考えるため、子供服やペット服を研究対象としてきた。

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Image Credit : FAVRIC 2019

2019年9月29日、幕張メッセにて開催されたVR時代のファッションイベント「FAVRIC」。
VTuberがランウェイを歩く、そう銘打たれたこのイベントだが、実際に観客が期待していたのは歌を楽しむライブイベントだったのかもしれない。それでも、「ファッション」がメインコンテンツとして掲げられていたこと、ランウェイというファッションにおける伝統的な形式を踏襲していたことを軽視してはならないだろう。

前日にガールズアワードが開催された場所で、翌日はVTuberがそのランウェイを歩く。これは増加するVTuberイベントにおいて、ファッションが差別化のための新たな切り口となったことを表しているのかもしれないが、「ファッション」にとっても大きな意味をもつ出来事だったのではないだろうか。今回は、バーチャルファッションを題材に、人間と「ファッション」の関係バーチャル時代の「ファッション」について考えてみよう。

広がる「ファッション」の可能性

ここでも何度も取り上げてきたように、VR、ARといったテクノロジーの進展によって今まで想像もつかなかったような現象がファッションに巻き起こっている。例えばARファッションショーバーチャルドレスバーチャルインフルエンサーといったものだ。
衣服は物質だ--身体に纏い、皮膚で触れて感じる。しかしながら、こうした物質としての実態のないイメージとしての衣服、そして身体の登場は、ファッションの目に見えない現象やメカニズムとして、そして表象や記号としての側面の重要性を強調する。だからこそ衣服は、単に身を守るため以上の意味を持つ。

そしてこういったバーチャルな技術との積極的な結びつきは、ファッションビジネスにも新たな状況をもたらした。
昨今、ファッションにおいても3Dモデリングの導入、特にCLOの活用が盛んに議論を巻き起こしているが、その利点のひとつとして語られているのが、他産業との越境が盛んになることだ。

Image Credit : YouTube by CLO

服飾標本家の長谷川彰良氏が主催する半分解研究所で開催された「アパレル3Dミートアップ」においても、ゲーム業界がファッションに与える影響については重要な論点のひとつになっていた[2]。
特にCLOのデザイン過程への活用を率先して進めているHATRAの長見氏の「10年後、ファッションの流行をつくるのはゲーム業界かもしれない」という見解は示唆に富んでいる。長見氏自身は布であることの制約、身体や重力といった現実世界での制約を重視しているが、漫画やアニメ、ゲームといった別の視点からのファッションのアプローチ、またトレンドや受容を作り出すメカニズムの存在感が高まっているという風に考えるべきなのかもしれない。
「ファッション」を動かすのはファッション産業だけではない、3Dモデリングという共通言語の獲得によって進展していった先に、「ファッション」のビジネスを駆動させる新たなゲームセッターの登場、流行を創出、拡散、受容させるシステムの変化、「ファッション」をめぐるビジネスの範囲の拡張があるのかもしれない。

自分のための服、誰かのための服

ここで考えたいのが、こういった変化の先にある「ファッション」と自己の関係性の変化だ。オンライン空間にだけ存在するバーチャルドレス、アバターの服、それは誰のためのファッションなのだろうか?というのも、FAVRICでのファッションショーを見ていて、わたしはとても不思議な感覚を抱いた。「これは誰にとってのファッションなのだろう?」、と。わたしたちが服を着るとき、それは単なる身体の保護ではなく、自分の趣味や属性、ライフスタイルを考えながら服を選ぶ。ファッションは自己と社会をつなぐインターフェイスとして機能している。

パリのファッションショーを見ても自分が着用することはとても想像できないかもしれないが、そこでは最先端のトレンドが発信され、回り回って自分の着用する服にも影響を与えるかもしれない。東京コレクションでは、その場で気に入った服が購入できる。
わたしたちがファッションを見るとき、そこに距離の違いがあれど、自分の買うファッション、着るファッション、もしくは自分と関わるかもしれないファッションと多かれ少なかれ結びついているように思える。

だけれど、VTuberが新しい衣装を着て歩くランウェイショーでは、自分が着るということと完全に切り離されているように思えた。恋人に着て欲しい服、子供とのリンクコーデ、ペットに着せたい服。服を買う、選ぶということは必ずしも自分が宛先ではない。だけれど、VTuberの着る服を見ているというのは、それとは圧倒的に異なる階層にあることのように思えたのだ。

ファッションはこういうものだと信じられてきたもの--自己表現とか、社会的な関係性とか、理想の自分や憧れの人物への接近とか、そういった自己と結びついたものではない「ファッション」がそこにはあるのかもしれない。

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Image Credit : FAVRIC 2019

わたしと関係するための服

自分では着こなすことのできない服を着る人に憧れて、雑誌やインスタグラムのアカウントを見ることもあるだろう。VTuberに対するまなざしは、仮想的な自己のオルタナティブなのだろうか。それとも、アイドルへの熱狂のようなものなのだろうか。

FAVRICで発表されたものには、環境や声援によって柄やモーションの変わる服が登場した。それはまるで、VTuberと鑑賞者である人間がゆるやかに関係性を形成するひとつのメディアとして機能しているようではないだろうか。仮想空間の存在である“推し”との関係を築くため、自分のお気に入りの服を着せる、服の変化に関与する、服はここでも人間と仮想空間の存在を繋ぐインターフェイスとなっている。これは新たな「ファッション」の役割の早出なのかもしれないし、「ファッション」をめぐる欲望のアップデートなのかもしれない。

テクノロジーがアップデートされ、社会のコミュニケーション形態はアップデートされ、人間の欲望はアップデートされている。同時に、「ファッション」の形態も役割も変わっていく。
ファッション産業は自分たちのテリトリーを更新できるだろうか。自分たちが売るものだと信じてきたもの、定義してきたもの、そこに大きな揺らぎが生じている今日、キャットウォークエコノミーと言われるように豪胆に他産業と関係してきたファッション産業も、今やより大きな勢いをもつ他産業の影響を受け、「ファッション」という概念そのもののアップデートに迫られているようだ。バーチャルファッションの興隆は、その幕開けを告げているのかもしれない。

Text: Yoko Fujishima

[1] Vänskä, A. (2018), ‘How to do humans with fashion: Towards a posthuman critique of fashion’, International Journal of Fashion Studies, 5:1, pp. 15–31.
[2] rrr129「アパレル3Dミートアップ 後記


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